冬になると北京の空気は「真っ白」に(写真は2014年5月撮影)

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中国・北京で開かれた国際マラソン大会で、参加を取りやめたり棄権したりする人が続出した。大気汚染を引き起こす有害な微小粒子状物質(PM2.5)が原因だ。

これから冬にかけて、PM2.5の濃度が上昇する季節となる。状況は改善する気配を見せず、中国への赴任を嫌がるビジネスマンが増えているそうだ。

「まずは単身赴任、現地事情を把握して家族呼び寄せを考える」

約3万人が参加した北京国際マラソンの映像には、どんよりと灰色の空気に覆われた北京の街の様子が映っていた。視界は悪く、マスクを付けて走る参加者の姿がちらほら見られる。なかにはガスマスクを装着するランナーまで登場した。海外から招待された有名選手の棄権も伝えられた。

中国各地の大気汚染レベルをインターネット上で情報提供する「aqicn.org」を見ると、マラソン大会翌日の2014年10月20日、北京は6段階中最悪の「6」で「重汚染」と示された。上海は「軽度汚染」、広州は「軽微汚染」となっており、この日は南部より北部の方が悪化していた。

中国のPM2.5による大気汚染が頻繁に報じられるようになったのは、2013年初めごろから。空気や水の汚染が深刻化した結果、日本や欧米の企業では中国への赴任を拒んだり、駐在しても早期帰国を望んだりする社員が増えていると、日本経済新聞電子版が2014年8月22日に報じた。企業側は現地駐在員に対する待遇向上に努める。パナソニックが駐在員手当を増額したのは、その一例だ。一方で苦戦も伝えられる。米コカ・コーラは黒竜江省ハルビン市郊外に新工場を建設するが、その幹部候補の確保が難航しているそうだ。

中国国内で在留邦人数が最も多い上海でも、異変が起きていた。上海の日本総領事館によると、2013年10月1日時点での人数は約4万7700人と前年同期比で約9700人減となり、5万人を割り込んだ。1994年に統計を取り始めてから初めてのマイナスだという。現地日本人学校の生徒数も減少。一方で日系企業が加盟する上海日本商工クラブの会員数は変わっていないことから、家族を連れず単身で赴任してきている人が増えたとみられる。

会社の転勤命令となれば、簡単に拒否するわけにはいかない。とは言え子を持つ親としては、健康を害するような環境に家族をさらしたくない。1年に5回ほど中国に出張する30代の男性会社員に取材すると、もし中国への長期駐在を命じられたら「まずは単身で行き、現地の様子を把握したうえで家族を呼び寄せるかどうかを考えます」と話した。

対策は始まったが、効果は上がっていない

中国・広東省に住む日本人男性に聞くと、現地は北京に比べてPM2.5の濃度がずっと低いこともあり、危機感が迫っているとは感じていないと話す。それでも東京の濃度と比べれば、5倍の高さに達する。子連れで何年も暮らすとなると、家族全員での駐在をためらうし、いったん赴任しても住環境の厳しさから「早く日本に帰りたい」と思うようになるのかもしれない。

中国問題を専門とするジャーナリスト、富坂聰氏は著書「中国汚染の真相」の中で、2014年3月に北京を訪問した際に交わした全国紙の北京特派員との会話の内容を披露している。特派員は、長期滞在者の北京離れが大気汚染によって一気に加速したとの感想を話し、「中でも目立って増えているのが、家族だけを日本に帰すという動き」だと続けたという。日本人の引っ越しを請け負う日本の業者から聞いたとの「裏付け」も示したそうだ。これについて富坂氏は、「おそらく日本以上に環境に対するアンテナが敏感な欧米にも波及しているはずだ」と書いている。

中国政府は、自動車の排気ガス規制の強化や、エネルギー源として使われる石炭から排出される汚染物質除去など対策を講じ始めたが、今のところ劇的な効果は上がっていない。1年前の報道を振り返ると、北京だけでなく中国東北部や、周辺の河北省、河南省、安徽省といった地域までもPM2.5の濃度が上昇し、気象当局が外出を控えるよう呼びかけていた。今年の冬、さらにそれ以降も状況の改善が見込めないようだと、在留日本人や外国人の「中国離れ」がいっそう進む恐れが出てくる。