川本直『「男の娘」たち』は、「男の娘」をテーマにしたノンフィクション。男の娘たちを3年間取材し、彼(女)たちと男の娘文化の「今」を描いた。

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〈「男の娘」の時代がやってきた〉

男の娘」という言葉がある。「おとこのこ」と読む。
比較的新しい言葉なので、定義ははっきりとしていない。「どう見ても女の子にしか見えない男の子」「女装などしなくても女性に見える男の子」「薬や手術などなしの、単なる女装している容姿端麗な男の子」……「二次元限定。三次元にはいない」という意見もある。
川本直の『「男の娘」たち』は、何人もの三次元の男の娘に取材した「男の娘ノンフィクション」だ。
川本は男の娘の定義を〈生まれた時の生物学的性別が男性だった「トランスジェンダー」のことである〉とする。「トランスジェンダー」とは、ジェンダーアイデンティティが生物学的性別や与えられたジェンダーと一致しなかったり不安定だったりする状態を、ジェンダー表現を変更することで解消しようとする人のこと。性別違和をもち性別適合手術を受けた人も、女装をする人も、トランスジェンダーに含まれる。

『「男の娘」たち』は、日本最大級の女装イベント「プロパガンダ」を主軸にして男の娘たちを追いかけている。プロパガンダは立ち上げたモカによると〈女装さんが好きな人だったら誰でも来てほしい。女装が好きな男性でも、女装した女性が好きな女性でも、ゲイでもレズビアンでもFtMでもきてほしい(※FtMはFemale to Maleの略称で、男性ホルモン投与や性別適合手術で女性から男性へ性別を越境した人)〉イベントだ。
川本が追いかけた彼(女)たちはみな女装をするが、その頻度やスタンス、性指向はさまざまだ。

たとえば先述のプロパガンダを立ち上げたモカ。モカは十代のころから女性ホルモンを個人輸入して使用していた。恋愛対象は男性と女性の両方。外見は完全に女性に見えるし、普段から女性の格好をしている。
〈悩みは、外見が女の子になれるかどうかだけだね。こだわらないようにしているの。その時その時によって言い方を変える。「あなたは女性なんですか?」と訊かれたら、「はい、女性です」と答えるけど、本当に心の中で女性と決めつけているわけじゃなくて、都合良くその状況、その状況で答えるし、「これはこうだ」というふうに決めたところで何にもならないから、自分は好きなものだけチョイスしているというスタンスを選んでいるかな〉
モカはすでに性別については考えていない。「自分は自分」なのだ。

男の娘AV女優」という肩書で活動している男の娘もいる。橘芹那だ。フルタイム女装(一日中女性の格好をすること)をしている。
芹那は中学のころから、恋愛対象が男性だった。女装もしていたが、「女の子になりたい」という気持ちはあまりなく、男として男と付き合ったいたのだという。東京の大学に進学し、二丁目で働くようになってからは、女装はしなくなった。
〈ゲイの人って見た目文化。実際しゃべるとすごくオネエだったりするのに、モテるためには変わらなくちゃいけない。女性的な部分は取り除かなくてはいけないの。だから、女装するのはゲイと真逆の文化〉
芹那はバイセクシュアルの男性と付き合うようになって、女装を再開する。彼と別れたあとプロパガンダを知り、女装の習慣が続くことになった。
芹那の女装は、男性を引き付けるための女装だ。美意識の高さから、遊びや趣味で女装をする人に対しては否定的。異性愛者の女装についても「はっきりした具体的な目標がないかぎり、ただの趣味の状態でそのうち辞めてしまう」と言う。

それに対して、異性愛者で、ホルモンや手術をせず、メイク技術だけで美しくなろうと挑戦している男の娘もいる。小倉弥桜だ。弥桜はふだんは普通の大学生の男の子で、ニコニコ生放送やイベント、オフ会などでしか女装はしない。
〈僕はただ単に綺麗になりたい、かわいくなりたい。完全に趣味です。僕は異性愛者だからそれだけです。フルタイムで女装すると、女の人を1人養うくらいお金がかかるじゃないですか。(中略)人に期待されないなら女装は止めます。承認欲求がかなり強いのかもしれません。普段の自分には自信がないからかもしれないですね〉
弥桜はモカや芹那とは違い、趣味や承認されるために女装をしている。筆者の川本は弥桜に同性愛嫌悪があるとも指摘している。

『「男の娘」たち』では、ほかにもたくさんの男の娘が紹介されている。男の娘のイベントに関わっている井上魅夜や桃沙希あや、女装コスプレイヤーの影鈴やあしやまひろこ、わかにゃやみつき。それから、「埋没系」──社会に女性として埋もれていて、戸籍上男性であったり性転換後の女性とは気づかれない人々──の4人(仮名で掲載)。

読んで気づくのは、「男の娘とはこういうものだ。こういうことを考えている人たちなのだ」とまとめるのは不可能ということだ。
マイノリティを知ろうとするとき、いつのまにか「わかりやすいラベル」を探そうとしてしまうことがある。「人それぞれ」は当たり前のことだが、当たり前のことをていねいに書いていくのは難しい。
だからこそ本書では、ひとりひとりに話を聞くとともに、マンガやゲームといった二次元男の娘文化、それから三次元の男の娘イベントの趨勢について紹介するという構成をとっている。

男の娘という現象が、三次元において定着を始めているのは確実であり、この潮流は誰にも止めることができない、と断言していいだろう〉

川本直『「男の娘」たち』(河出書房新社)

(青柳美帆子)