川島永嗣  撮影/岸本勉・PICSPORT

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ベネズエラ戦で痛恨のキャッチミスから失点し、川島永嗣はジャマイカ戦では先発を外れることになった。

前日練習の後こそ、しっかり報道陣の質疑に答えていた川島だったが、その前の日まではミックスゾーンをいつもに比べると足早に通り過ぎていた。

川島の心は折れてしまったか。決してそんなことはなさそうだ。

川島永嗣はこれまでにも苦しい思いを味わい続けてきた。大宮でほとんど試合に出られない。2003年、コンスタントに出場できるようになり、移籍した名古屋では、またも出られない。2007年、川崎に移ってやっと出場できるようになり、代表にも呼ばれたが、川口能活、楢崎正剛の壁に阻まれ続けた。

川口、楢崎が負傷し、いよいよ出番が回ってくるかと思われた試合で、そのとき代表に呼ばれた別のGKにポジションを奪われた。その試合の後、川崎の練習に川島の心理状態を心配した岡田武史代表監督がやってきたくらいだった。

だが、どんなときも川島の態度は変わらなかった。日本代表の正GKになったあとですら、それまでと何も変わらなかったのだ。スタンダール・リエージュに移籍した後、「やり方が違うから、いろいろ考えながらやっている」と、代表戦のときに漏らしたことがある。本当は悩んでいたのだろうが、そんなことはみじんも感じさせない話しぶりだった。

ベネズエラ戦後、川島は「オレ、大丈夫ですから」と頷いてミックスゾーンから消えた。ジャマイカ戦前日、2人で話したときに「ミスを思い出して元気ないんじゃないかと思ってるよ」と声を掛けると、「ホント、大丈夫ですよ」と少しだけ微笑んだ。

「自信がなければここ(代表)にはいない」と川島は言う。これまで何度も苦境を乗り越えてきたからこそ、自信は揺らいでいないのだろう。何より川島の一番の特長は「耐える力」。J1クラブでレギュラーになるまでに6年、代表で正GKになるまで2年半。苦難があればあるほど、川島は燃えるタイプなのだ。

【取材・文/日本蹴球合同会社 森雅史】