「信じられないぐらいこの勝利がうれしくて、ちょっと涙が出ちゃいました」

 ジャパンオープンで2年ぶり2度目の優勝を決めると、錦織圭はマイケル・チャンコーチやダンテ・ボッティーニコーチらがいる関係者席へ、顔を真っ赤にして号泣しながら駆け上がり、勝利を分かち合うように抱擁した――。

 大会前、ATPランキングを7位まで上げていた錦織は、ジャパンオープンに第4シードとして臨み、当然のように優勝候補のひとりに挙げられていた。さらに、歴史的なUSオープン準優勝と、前週のATPクアラルンプール大会初優勝直後の凱旋試合とあって、日本のファンの注目度は、かつてないほどに膨れ上がっていた。

 そんな状況下で、プレッシャーを吹き飛ばすかのようなクオリティの高いテニスを披露しての優勝だった。

 錦織には、秋シーズンに好成績を収めたい大きな理由がある。ATPツアーの最終戦「ワールドツアーファイナルズ」出場を目標にしているのだ。

 11月中旬にロンドンで開催されるこのツアーファイナルズは、シーズンの成績上位8人だけがプレーできる超エリート大会で、いわば年間王者決定戦。ノバク・ジョコビッチやロジャー・フェデラーは、ツアーファイナルズをグランドスラムと同等のメジャータイトルと位置づけ、重要視している。もし、この大会に錦織が出場できれば、日本男子選手として初の快挙になるが、同時に、シーズンをとおしてトップレベルで安定した成績を残してきた勲章にもなり、超一流プレーヤーの仲間入りを果たすことになる。

「ロンドンに向けて、今、一番大切な時期なので、ここは500(ジャパンオープンは、ATP500大会のグレードで、優勝するとランキングポイント500点を獲得できる)ですし、どうしても上にいって、大きなポイントを取りたい気持ち、その一心」(錦織)

 だが、クアラルンプールで4試合、東京で決勝までに4試合を戦い、連戦が続く中で疲労が蓄積。錦織は、でん部の右側にトラブルを抱え、100%の状態ではなかった。ジャパンオープンでは、試合中にトレーナーからマッサージを受ける場面が何度も見られた。

「(プレー)できない痛みではないですし、しっかり自分自身の気持ちに勝てれば、試合に入っていくことは可能だと思う。本当に一試合ずつですね。目の前の一試合を全力で戦うことだけを考えてやっています」

 こう語った錦織にとって、ジャパンオープンは自分自身の限界への挑戦でもあった。

「(準々決勝のジェレミー・)シャルディ戦の頃から、限界を越えているな、とずっと思っていた」

 錦織は、決勝で第3シードのミロシュ・ラオニッチと対峙。錦織よりひとつ年下の23歳のライバルとは、今季4度目の対戦で「やるたびにバトル(接戦)になって、簡単に勝つことはできない」と錦織が語るように、お互い一歩も譲らない激戦となった。ツアー屈指のビッグサーバーであるラオニッチは、コンスタントに時速220キロ台のサーブを打ち込み、要所では時速230キロ台のフラットサーブを放って、錦織を苦しめた。

「コーチにも言われましたけど、本当にいいサーブが来た時はあきらめろ、と。そこで、くよくよしたり、いらついたりするのは絶対に良くない。集中力をいかに保つかがキーでした」

 勝負はファイナルセットに持ち込まれたが、ファイナルセット第10ゲームで、リターンミスをしない錦織が、ついにラオニッチをとらえ、初めてのブレークが優勝に直結した。これでツアー通算7勝目を挙げた錦織は、自身初の2週連続優勝を果たし、今季ツアー4勝。これは、現在の王者ジョコビッチの5勝に次ぐ勝利数で、ラファエル・ナダルとタイ記録だ。

「信じられなかったというのが、一番でした。今週は、試合中も試合以外でも、体のことを考えないといけなかった。メンタル的にもすごくタフだった。今日も、決勝に入る前に、試合でどう組み立てようか、なかなか考えられなかった。体のことで精一杯だった」

 準々決勝以降は、常に体力的な限界を超えていたが、それでもギリギリの戦いを制し、今までにない"強い"錦織を東京で披露すると共に、彼自身、かつて手にしたことのないような充実感を手にした。

「(優勝して)自分の壁をひとつ破れたなという嬉しさが込み上げてきました。自分がネガティブになるところを、ポジティブに変えて、自分に勝てた。それが一番嬉しかった」

 今回の優勝によって、錦織のATPランキングは4435点で、自己最高の6位に上昇。5位のダビド・フェレールとの差はわずか60点となり、いよいよトップ5入りが視野に入ってきた。

 さらに、ツアーファイナルズの出場権争い(Race to London)では4255点で、6位から5位に浮上し、初出場に向けて好位置につけている。ただし、錦織から11位のグリゴル・ディミトロフ(3405点)まで、ポイントが接近しており予断を許さない。今週はマスターズ1000・上海大会と、10月最終週にはマスターズ1000・パリ大会があり、ポイントの大きいこの2大会で、順位の変動も十分あり得る。上海大会で、準々決勝進出なら180点、準決勝進出で360点、準優勝で600点を獲得できる。連戦が続く錦織だが、今週の上海で、早期敗退はできない状況だ。

 自らの限界を超えてまた強くなった錦織。今後、残りの大会で大きなケガをすることなく、現在の調子をキープできれば、ツアーファイナルズでは優勝候補のひとりに名前を挙げるべき状況になっているだろう。

神仁司●取材・文 text by Ko Hitoshi