米国でトマ・ピケティ氏の人気がうなぎ上りだ。その人気の背景をひもとくと、米国で活発化する格差是正論議がある。ピケティ氏の新著は、世界に浸透している資本主義の効用に対して「懐疑論」を提示しているからだ。

ある大学幹部の機嫌がよいので理由を聞いてみた。パリ経済学院で教鞭をとるフランス人経済学者のトマ・ピケティ氏を講演者として招待できる可能性があるのだという。同幹部は、「ニューヨークの知識人の間で最も人気の高い学者の一人だからね」と語る。

ピケティ氏が春先にニューヨークを訪問した際にもノーベル賞学者のポール・クルーグマン氏らと公開対談を開催し、会場には学者やマスコミ関係者が集まった。学者としては大して知られていない同氏に関心が集まるのはなぜか。

ピケティ氏の新著『21世紀の資本論』が英訳出版された3月以来、米国で好調な売れ行きだ。学術的すぎて、とても大衆向けとはいえない内容。数式がちりばめられ、しかも辞書のように分厚い。厚さで4センチ半、685ページもある。だが、発刊から半年ほどたっても、バーンズ・アンド・ノーブルといったニューヨーク市内の大手書店では山積みになっている。

ピケティ氏の新著を大げさに比喩するなら、カール・マルクスが記した『資本論』の現代版である。その神髄は世界に浸透している資本主義の効用への「懐疑論」だ。「資本収益率が国民経済の成長率を上回る構図にあるため、富が一部に集中して、社会の格差は拡大する運命にある」というのが要旨である。意訳するならば、「経済全体のパイ以上に資本家の取り分が高い」ということで、資本主義の最大の効用のひとつである成長神話に一石を投じたのである。ピケティ人気の背景をひもとくと、米国で活発化する格差是正論議がある。

米国ワイオミング州北西部に位置する谷あいの町、ジャクソンホール。変哲のない地方都市なのだが、毎年8月下旬になると全米の経済メディアが集まる。FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長をはじめ、各国の中央銀行総裁らが集まるカンザスシティー地区連銀主催の会議が主催されるからだ。

今年の集まりはちょっと趣向がちがった。白抜き文字で「WHAT RECOVER」Y?(回復って、何のこと?)と書かれた緑色のTシャツを着た10人ほどの面々が勢ぞろいしていた。金融緩和の継続をロビイングする失業者からなる活動家グループである。

ウォール街では株価の高値更新に沸き、FRBは量的緩和を解除し始めた米国経済。だが、金融危機以降、所得上位20%を除く米国の中低所得者層は低下基調にある。格差度を示すジニ係数が先進国最高レベルに達している。

失業率が低下したといっても、求職をあきらめた数は同データに加味されていない。低所得層は複数のパートタイム業を持って糊口をしのいでいる。企業の業績改善は部門整理といったコスト削減が効いている。

折しも米国では最低賃金の引き上げや富裕層への増税などを検討中。「ピケティ人気」は、いびつな回復を遂げた米国経済の象徴なのだ。

松浦 肇(Hajime Matsuura)
産経新聞ニューヨーク駐在編集委員

日本経済新聞記者、コンサルタントなどを経て現職。ペンシルベニア大ウォートン校、コロンビア大法科大学院、同ジャーナリズム・スクールにて修士号を取得。

この記事は「ネットマネー2014年11月号」に掲載されたものです。