スティーブ・ジョブズがいなかったら「トイ・ストーリー」はこの世に存在していなかったかもしれない

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『トイ・ストーリー』などの人気作品を誕生させたピクサー・アニメーション・スタジオは、多くのディズニーファンがご存知だと思います。

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そしてiPhoneなどの数々のヒット商品を誕生させたApple社のスティーブ・ジョブズも、知名度はピクサーに劣りません。亡くなった今でも、彼は多くの人に愛されています。

有名なピクサーとスティーブ・ジョブズですが、両者が実は深い関係だということは、意外に知られていません。

■スティーブ・ジョブズがいなかったらピクサーの作品は存在していなかったかもしれない

スティーブ・ジョブズはApple社以外にも多くの事業に関わり、その中の一つにピクサーがありました。

彼はピクサーに巨額の資金を投入して何年も辛抱強く耐え、遂に「トイ・ストーリー」などのヒット作を世に出すことができました。

その後、ジョブズはApple社に復帰し、iPhoneなどの新商品のプレゼンテーションでユーザーをワクワクさせ続け、2011年にその生涯を終えました。

スティーブ・ジョブズがいなかったら、ピクサーの作品含めてiPhoneなども存在していなかったかもしれない、というのが私の仮説です。信じるか信じないかは、あなた次第です。

■Apple社から追放された創業者スティーブ・ジョブズ

アップル社を創業したスティーブ・ジョブズは、常人の3倍の速度で人生を駆け抜けたと言われています。

彼はマッキントッシュを始め、ipod、iPhone、iPadなど、数多くの新製品を作り出し、私達の生活をより素敵なものにしてくれました。

ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ 1』によると、1976年にスティーブ・ジョブズ(以下ジョブズとする)は、友人のエンジニアであったスティーブ・ウォズニアックとアップルコンピュータを創業しました。

彼らが開発した “Apple2” というコンピュータは大ヒットし、ジョブズは23歳で純資産が100万ドルを超え、25歳の時には1億ドルを超える資産を手に入れ、成功者として有名になっていました。

急成長するアップルでしたが、彼らの会社はまだまだ若く、外部の優秀な経営者を必要としていました。そこでアップル社の取締役会は当時、ペプシ社の社長であったジョン・スカリーを経営者として迎えました。

しかし、ジョブズとスカリーの方向性は異なっていたので彼らの溝は深くなり、遂に取締役会はジョブズを会社から追放しました。

■ピクサーがアカデミー賞受賞。息を吹き返したジョブズはApple復帰

アップルから追放されたジョブズは、ネクスト社という新会社を作り、その一年後にはピクサー社の元になるCG部門を映画監督ジョージ・ルーカスから買い取りました。

「トイ・ストーリー」などの大ヒット作品を誕生させたピクサーはアカデミー賞も受賞し、ジョブズも以前の名声を取り戻すほど有名になっていました。

その頃、ジョブズのいないアップル社は、OS市場をマイクロソフトに占められて業績はあまりよくない時代でした。

ジョブズが作ったネクスト社のOSに目をつけたアップル社は、ジョブズごと会社を買収し、ジョブズはまたアップル社のCEOとなりました。

この時ジョブズは、アップル社を救うために年俸1ドルでCEOを引き受けたのも、大きな話題となりました。その後のジョブズの活躍は皆さんが知る通りです。

すい臓がんで苦しみながらもアップル社の再建を成功させ、数多くのイノベーションを起こし、ジョブズは2011年10月5日に死去しました。

■ピクサーの歴史:ルーカスフィルム社から買収したCG部門がピクサー

ピクサー・アニメーション・スタジオは、コンピュータグラフィックス(CG)を使用したアニメーション制作を得意とするアメリカの制作会社です。

代表作は「トイ・ストーリー」「バグズ・ライフ」「ファインディング・ニモ」などがあり、2013年夏に公開された「モンスターズ・ユニバーシティ」もピクサー作品です。

竹内一正著『ハングリーであれ、愚かであれ。―スティーブ・ジョブズ最強脳は不合理に働く』によると、ピクサー社は最初からアニメーションを制作するために創業されたわけではありません。

ピクサーの前身となる部門は、映画「スターウォーズ」で知られる監督ジョージ・ルーカスが設立したルーカス・フィルム社が設立しました。

創設当初のピクサーは、国家機関を取引先として、高速で3D画像を処理できるコンピュータグラフィックス制作用のコンピュータ(ピクサー・イメージ・コンピュータ = PIC)を開発していました。

ピクサーが開発した高度なコンピュータグラフィックス技術を、“映画” ではなく ”コンピュータ” で活かそうと考えたスティーブ・ジョブズは、ルーカスフィルム社からこの会社を買収することに決めました。買収額は1000万ドルと言われています。

■PICの販売不振によりアニメーション制作に注力

ピクサーには多くの優秀なスタッフがいました。例えば、後にピクサーのCEOになるエド・キャットムル、CG技術にめっぽう強いアルヴィ・レイ・スミス、「トイ・ストーリー」の監督を務めるジョン・ラセターなどです。

しかし、ジョブズが期待したピクサー・イメージ・コンピュータ(PIC)の販売は思ったほど伸びませんでした。12万ドルを超える価格で販売されたPICは、資金力のある大学や研究機関しか手が出せませんでした。

アニメーション制作の方はPICの性能を伝えるためだけに、短編アニメーションしか制作していなかったのです。

アニメーション部門はピクサーにとって重要な部署ではない補助的な存在だったのです。後にアカデミー賞を受賞するジョン・ラセターでさえいつクビになるか分からない状況でした。

PICは販売不振で赤字が続いたので、1990年にヴァイコム社にハード部門を売却してアニメーション制作に絞ることに決めました。

■ウォルト・ディズニー社と「トイ・ストーリー」を共同制作

その後、ピクサーは、CG長編アニメーション映画制作のためにディズニーと契約を結びます。

この時に初めてピクサーとディズニーが共同制作することになりました。知らない方にとってはビックリする事実だと思います。

そして公開された「トイ・ストーリー」は大ヒットし、アカデミー賞でも監督ジョン・ラセターが特別業績賞を受賞。その後の作品も次々ヒットし、アカデミー賞の常連となりました。

以上の話から分かるようにピクサーが今の地位に至るまでの道は容易ではなかったのは理解していただけたかと思います。

その後、ピクサー作品に関する著作権や利益関係でピクサーとディズニーはあまり仲良くない時期がありました。ここでもスティーブ・ジョブズが大きな決断をして2006年にディズニーがピクサーを買収するかたちでこの確執の決着がつきました。

買収金額は74億ドル。ピクサーは、ディズニーの完全子会社になったことで、作品を作りやすくなりました。

実はこの買収がうまくいったことでディズニー側が前々から企画していた「トイ・ストーリー3」が制作されることになりました。もし両者の意見が合わない状態が続いていたら「トイ・ストーリー3」は誕生しなかったかもしれませんね。

参考:東京女子映画部
スティーブ・ジョブズのアップル社復帰とピクサーの関係

■ジョブズがいなければピクサー・アニメーション・スタジオは成立しなかった

ピクサーでのスティーブ・ジョブズの働きは世間で大きく評価され、アップル社でも経営状態がよくなかった同社を立て直すために彼を呼び戻す声も多くありました。

結果的にスティーブ・ジョブズはアップル社のCEOに戻り、ipod、iPhone、iPadなどを生み出し、アップル社を時価総額世界1位にすることができました。

もしジョージ・ルーカスがスティーブ・ジョブズにCG技術部門を売却していなかったら、ピクサー社は「トイ・ストーリー」などの有名作品を生み出し、現在のような功績は残していなかったと思います。

それに加えて、スティーブ・ジョブズも、ピクサーの成功によって資金力が増え、OS開発に巨額の資金を投入することができ、後にアップル社に売却することができたのではないでしょうか。

スティーブ・ジョブズがアップル社を追放された後の苦節の時間があり、彼がイノベーションを起こすまで行動し続けたからこそ「トイ・ストーリー」や「モンスターズ・インク」などの人気作品が生まれ、ipodやiPhoneなどの製品が誕生したのだと私は思います。

これからピクサー作品を観るときは、スティーブ・ジョブズのことを少し考えてみるとまた違う感動を得ることができるかもしれないですね。