声の良い男性=生殖能力が高いバロメーター!? 意外と知られていない「夜這い」の歴史

みなさまごきげんよう、歴史エッセイストの堀江宏樹です。とつぜんですが、みなさんは、歌の上手な……あるいは良い声の男性に特別な魅力を感じることはあるでしょうか? 世界各地で歌がプロポーズに使われた例はたくさんありますが、わが国・日本でもそれは同じです。

『万葉集』には、現在の千葉県中部にあたる上総国(かずさのくに)のカリスマ的美少女として、珠名娘子(たまなのおとめ)という若い女性が紹介されております。その外見的な魅力は次のように描写されているのですが……。

「その姿(かほ)の きらきらしきに 花の如(ごと)」。この時代の姿とは顔のことですから、キラキラと輝くような美貌が花のような女だったんですねぇ。彼女の体型は、胸が大きく、ウェストが蜂のようにキュッとしまっていたそうな。まぁ、無敵って感じですね。

この珠名娘子が笑うだけで道行く人がフラフラっと彼女の家を訪れてしまい、彼女の隣家の男は彼女から頼まれもしないのに妻と別れ、家の鍵を渡していたそうで(現代でいうなら、不動産やるから付き合ってくれ的な?)、珠名娘子はとにかくモテモテ。その中から、顔のいい男(笑)を選んで愛し合うのが彼女の昼間の流儀でした。

しかし、夜の恋の相手に彼女が選んだのは、声のよい男性なんですね。一説に声のよさは、よい笑顔と同じくらいに印象に残りやすいのだそうで。どの程度、確証があるかは不明ですが、声の良い男性=生殖能力の高さのバロメーター、なんてことも雑学の本には書いてありますよね〜。

珠名娘子がその事実を知っていたかはともかく、彼女は「夜中であっても、自分の名を呼ぶ(魅力的な)声が家の門から聞こえると、わが身を省みず、パーッと飛び出ていって抱かれてしまった」そうです(原文:金門(かなと)にし 人の来立てば 夜中にも 身はたな知らず 出でてそあひける)。

しかしここまで自由すぎると、心配になっちゃいますよね。乱脈な男性関係を珠名娘子はエンジョイしていますが、病気とか、妊娠とかそういうの大丈夫なの? と聞きたくなってしまいますが、この時代、現代の日本人を悩ませている、主たる性病の類はいまだ日本に上陸しておりません。

そして妊娠なんですが……その妊娠こそが珠名娘子の本当の目的だと思われるのですね。目と耳を両方使って、自分の最高の男を本能的にキャッチしようと彼女はしていた、と。

そして、珠名娘子の名前が夜中に呼ばれ、それに彼女が応えたように、名前の「呼び合い」から、転じて生まれたのが、後世のいわゆる「夜這い」なのでした。


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著者:堀江宏樹
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※写真と本文は関係ありません