特集 アジア大会2014の発見!(26)

「海の上に一人でいるのって気持ちいいんですよ」

 レース後にも関わらず満開の笑顔をくれたのは、セーリングのレーザーラジアル級の土居愛実(慶応大)だ。セーリングにレーザーラジアル級が正式に採用されたのは2008年北京オリンピックから。2011年の全日本選手権で優勝した土居は、翌年に18歳の最年少セーラーとしてナショナルチーム入りを果たす。そしてその年のロンドンオリンピックでは日本人として初めてレーザーラジアル級に出場した(結果は31位)。彗星のごとく現れ、21歳になった現在もその可能性を広げている。

 彼女が操るのは全長4.23m、全幅1.37m、5.7平方mのセールを備えた一人乗りの艇。セーリングは自然と融合して行なわれるスポーツだ。風を読み、潮を読む。艇を操る技術のみならず、自然を共有しながら、スピードを競う。

「経験がモノを言う競技ですが、天候が急変したりすると、ビリを走っていた人がいきなりトップになったりもする。上手い人が常にトップにいるとは限らない。だからセーリングは面白い!」と土居は言う。

 今回、アジア大会でセーリングの会場となったのはワンサンマリーナ。このエリアは風が安定せず、陸地も近いため、セーリングに適しているとは言い難い。風がない日は海面がぺったりとしたいわゆる"ベタ凪"になることもしばしばなのだとか。そうなるとセーリング競技は行なうことができない。基本的には1日2レースで6日間、計12レースを戦う。

 しかし、実際に競技スケジュールは気象条件によって変更を繰り返した。コンディションが整えば1日に3レースこなす日もあれば、1レースで切り上げざるを得ない日もある。今大会では大会3日目に最大となる4レースが行なわれたが、5日目のレースは風が止んでしまい、延期となった。快晴で迎えた最終日も一度は海に出たものの、風がピタリと止まってしまった。ボートを止め、掲げてあるフラッグを見るも時折そよ風にゆらめく程度。ただひたすら、いつ吹くともわからない風を待ち続ける時間。選手のメンタル維持は大変だ。

「それも込みでセーリング。張り詰めすぎてもダメだし、リラックスしすぎてもダメ。待ち時間がどのくらいになるかわかりませんから」

 この時、土居は海上の城である自らの艇で体を固定させると、なんと!日傘を広げた。ウェットスーツに日傘......初めてみる組み合わせだ。確かに、海上に影を作るものはなく、他の選手は艇ごと寄り添うようにして、帆で影を作ったりしていた。もちろん日傘をさす選手はどこにもいなかったが、結局、この日は一度陸に上がって待機となった。何が何でも吹いてもらわなければ困る。最終日、土居はトップに1点差の2位につけていたのである。

 初日の3レースを1位−1位−2位という上々の滑り出しでスタートした土居。

「相手をおさえつつ、自分の引きたいコースを引けた」と、自身も手応えのあるレースだったと振り返る。

 そこにピタリとつけているのが中国の張東霜だ。張は世界選手権でも最終日を残して1位につける実力の持ち主。事実上、このアジア大会は張と土居の一騎打ちとなった。

「彼女は軽風では世界一の技術を持っていると思います。そこに挑まなければならないんですが、風が強く吹けば、前に出せるアドバンテージが私にある。彼女の存在を気にしないようにしてますが......気になりますよね、やっぱり(笑)。彼女の背中を視界に入れているよりは自分が前に出てレースをしている方が精神的には楽です。それでも意識しすぎてしまうときは風を見るようにしてます」

 レース中にも気象条件はコロコロ変わる。その度に、攻略法も変わっていく。

「(変化を)読み切ったときはすごく面白いです。たとえば雲が来て、この雲はこうだからどっちに船のポジションを置けばいいとか。本当に経験なんで、私はまだまだ。今欲しいのは、経験と......体重です!」

 メダルの色が確定する最終日の午後。ようやく風が吹き出した。絶好の風とは言えないものの、残り2レースが続けて決行された。

「1点差のアドバンテージを生かして向こう(張)は私を抑えにきた。その点では私の方が劣っていた」

 土居はラスト2レースを3位−3位でフィニッシュ。銀メダルを獲得した。

「目標は優勝だったんで悔しいですけど、目指すのはオリンピックでの一番。この結果も糧にしたい」

 彼女の視線はすでに前を向いていた。

 今大会のラジアル級のエントリーは8艇。ちなみに今大会の直前に開催されていたサンタンデールISAFワールド※での同級のエントリー数は120艇。かなり小規模のフリートであることがわかる。全く異なる戦い方が必要になるのだ。
※4年に一度行なわれるの世界選手権。

 少数艇でのレースといえば、オリンピックを含め、世界大会などで上位10艇のみが進むことができるメダルレースというものがある。そこに残るだけでも至難の業だが、進むことが許されたものにだけトライできる少人数レースは特別だ。張は世界大会のメダルレースの経験と、好みの風に後押しされ、トップの座を守り抜いた。これが土居の言う"経験"の差ということなのかもしれない。

 土居は中学3年まで少し小さいオプティミストという艇に乗っていた。その後レーザーラジアル級に転向することになるのだが、体重が軽かったため、艇はなかなか走らなかった。ヨット自体を辞めることも考えた。そんなときコーチから勧められたのが増量だった。徐々にスピードも上がりだした頃に臨んだのが高校2年のときのユースのラジアル大会。ここで土居は2位に入る。

「もっとうまくなりたいって思いました。この大会での手応えがあったから、オリンピックを目指そうって気持ちになった」

 彼女がオリンピックにセーリング競技があることを知ったのはこの頃だ。世界選手権で2位に入ったことで意識し始めたという。しかし、初めてのオリンピックは悔しさしか残らなかった。

「一番悔しかったのはメダルレースを観戦席から見たこと。ここで一番になりたいって思いました」

 そのために今、どんなレースにも対応する"経験"を全力で積み上げている。まずは来年、サンタンデールISAFワールドで獲得できなかったリオの出場枠をかけて、第2次クリオファイ(予選会)の世界選手権で結果を出し、夢の扉を開く鍵を手に入れる。

 伸び盛りのセーラー・土居愛実。リオの海で花開くことを期待したい。

【プロフィール】土居愛実(どい まなみ)
1993年8月29日、神奈川県生まれ。慶応義塾大学所属。2013年に世界選手権のプレ大会として行なわれた「ISAFセーリングワールドテストイベント・サンタンデールトロフィー」では、金メダルを獲得。23艇と少数ながらもランキング上位選手が出場する中で優勝を果たしている。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko