9月特集 アジア大会2014の発見!(23)

「加油!(頑張れ)」と中国語の応援が飛び交う中で行なわれた卓球の女子団体決勝。日本は世界チャンピオンの中国に1−3で敗れ、66年バンコク大会以来48年ぶりの優勝を逃して銀メダルに終わった。

 今大会、日本は予選リーグで韓国、準々決勝で香港、準決勝でシンガポールと、強豪に次々と競り勝っていった。そして挑んだ中国との決勝戦は、2012年ロンドン五輪、今春の世界選手権に続いて3戦目。雪辱を果たす上ではまたとないチャンスだったが、最後は中国の底力を見せつけられる格好となった。それでも村上恭和監督は試合後、「これまでは『負けてもともと』という気持ちだったが、今日は私も選手たちも本気で勝つつもりだった」と振り返った。

 日本はこの日、福原愛を1番手に起用。世界ランキング2位の丁寧との6度目の対決は、過去一度も勝ったことがないという福原が序盤から攻勢を仕掛けて主導権を握った。

 決勝戦の最初の試合で相手が緊張しているのが分かったという福原は「積極的に攻めていこう」と激しいラリー戦に持ち込み、磨いたフォアハンドでポイントを奪って流れに乗った。強打を打ち込み、勝負どころではコースを読んで反撃に転じた。

 2−0で迎えた第3ゲームを、3−3から連続9ポイントを取られて失うと、第4ゲームも0−7と追い詰められた。それでも福原は諦めなかった。自分が置かれている状況をしっかりと見極めて何をすべきかを冷静に考えた、という。そこからの挽回はすさまじかった。3−9から攻撃的なショットで押しまくって逆に7ポイントを連取して10−9とリード。4度のジュースにもつれ込んだ末、3度目のマッチポイントを手にして15−13で金星を手にした。

 ゲームカウント3−1で初勝利した瞬間、福原はベンチに向かって歓喜のジャンプをしながらガッツポーズを見せた。

 試合後の取材エリアでは多くの中国メディアに囲まれて中国語で受け答えをしていた福原。中国での人気も衰えていないことがうかがえた。ベテランの域に入った卓球の申し子も、今年2月には左足小指の疲労骨折が分かり、完治までに半年近くかかった。出場したかった世界卓球団体戦をやむなく欠場。激戦を繰り広げて決勝まで勝ち進んだ仲間を見て悔しさが募った。「福原は必要ない」と思われないかと、31年ぶりに獲得した世界卓球団体銀メダルを素直に喜べない自分がいたという。

 だからこそ、変わらぬ存在感を見せつけなければならなかった。5月から馬場美香コーチに師事して、フォーム改造に取り組み、激しい練習に励んで万全の状態でアジア大会に乗り込んできた。チームとしてはまたも王国に勝つことはできなかったが、一矢を報いた福原にとっては大きな手応えをつかむことができたはずだ。

「公式戦で丁寧選手に初めて勝ちました。試合直前まで(馬場)美香先生(全日本選手権女子シングルス7度の優勝を誇る=旧姓は星野)に、ずっと戦術とか技術とか心理面とかいろいろアドバイスをいただいて、しっかりと準備をすることができました。

 初めて勝てたのですごく嬉しいんですけど、チームが負けてしまったので悔しい気持ちが大きい。ロンドン五輪のときはシンガポールに勝って嬉しくて泣いたんですけど、今日は中国に負けた時にすごく悔しかった。自分が中国に少し近づけているのかな、進歩かなと思うんですけど、技術とか戦術とかはもちろんですが、中国に勝ちたいという気持ちになってきたと思います。今日は初めから勝つつもりでやりました。

 今回はベンチに入れてみんなで一致団結して頑張れたことが嬉しく、1試合でも多く試合をしたかった。ケガから復帰してすごく順調に来ていると思っていますし、復帰したら前の自分を超えたいとずっと思っているので、すごくいい感じでこれていると思います」

 2番手の石川佳純は、世界1位の劉詩●(※●は雨へんに文)に1ゲームを先取して好スタートを切ったが、じわじわと調子を上げてきた相手の底力に屈して逆転負け。1−1で迎えた大事な第3試合は、14歳のホープ平野美宇に託された。平野美宇は小学1年のときに全日本選手権バンビの部で優勝し、福原以来12年ぶりの快挙を挙げた逸材。6年後の東京五輪での期待の星だが、世界6位の朱雨玲に歯が立たず、完敗に終わった。後がない日本の4番手に再び登場した石川だが、福原が破った丁寧の巧みなフォアに翻弄されてミスを連発。1ゲームも取れずに敗れた。

 石川は「攻めきれなかったのが反省点。いままでは決勝で戦うこともできなかった中国とロンドン五輪後は勝負ができるようになったと思うので、もっともっと頑張ればチャンスはあると思います。ロンドン五輪のときは銀メダルで涙が出るほどすごく嬉しかったが、今回の銀メダルは嬉しいですがやっぱり悔しいほうが大きい」と、今大会を振り返った。

 悲願達成はならなかったが村上監督は「ロンドンの時は(中国と日本の力の差は)8―2だった。今は7―3くらい。リオの時には6―4まで縮めて臨めれば勝機はある」と手応えを口にした。

 ロンドン五輪で銀メダル以上を確定させてうれし涙を流してから2年。福原も石川もいまでは同じ「銀メダル」を手にしても、喜びよりも悔しさの方が勝った。もう銀メダルでは満足できなくなったのだ。

辛仁夏●文 text by Synn Yinha