9月特集 アジア大会2014の発見!(17)

 アジア大会で、金メダル2個、銀メダル2個を獲得した背泳ぎの入江陵介。

 2012年ロンドン五輪後に調子を落とし、昨年は世界選手権で個人のメダルを獲れず、椎間板ヘルニアを発症するなど、どん底を味わっていた。そんな状態から今年は復活の兆しを見せている。

 今年4月の日本選手権では、100mは高速水着時代の日本記録に0秒33まで迫る52秒57を出し、200mも1分53秒91の好記録で2冠を達成。野外で競技が行なわれた8月のパンパシフィック選手権でも、100mでロンドン五輪優勝のマット・グレバーズ(アメリカ)を破って優勝と結果を残した。

 そんな入江が、今大会最大の目標にしたのは記録だった。五輪も世界選手権もない中間年の今年、世界のライバルと優劣を争うのは試合ではなく記録だと考えたのだ。

 アジア大会競技初日の9月21日に入江は、その決意通りの泳ぎを見せた。100mに出場した彼は、前半の50mを自身が持つ日本記録の通過タイムとほぼ同じ25秒61で泳ぎ、徐嘉余(中国)に次ぐ2番手で通過すると、ターン後は難なくトップに立ち、スルスルと差を広げて52秒34で優勝。その記録は09年に高速水着で出した自身の日本記録に0秒10まで迫り、5月に徐が出していた今年の世界ランキング1位の記録に並ぶものだった。

「徐が前半から行くのは予想通りだったが、自分の泳ぎに集中していたので後半どう追い上げたのかはわからなかった。昨日までの練習ではなかなかスピードが上がらなくて不安はあったけど、これまでのノーマル水着のベスト52秒5を一気に52秒3まで縮められて、目標だった世界ランキング1位を実現できた」

 こう話す入江は、翌22日は50mに出場して3位になると、25日にはパンパシで悔しい思いをしている200mに臨んだ。

 この種目では今季は世界でも頭ひとつ抜け出す記録を出している入江。

「後半で伸びるという自信があったので、このレースは周りを意識しないで優勝するという気持ちも持たず、タイムだけを意識していた」というように、前半の100mは自身の日本記録のラップを0秒09上回る55秒52で通過し、2番手の徐に1秒06差をつける積極的な泳ぎ。その後も安定した泳ぎで差を広げ、ラスト50mも全選手中ただひとり、28秒台(28秒62)で泳ぎ切り、ノーマル水着自己最高の1分53秒26でゴールしてアジア大会3連覇を達成した。

「ヘルニアになったりして苦しい時期もあったが、ここまで体を良くしてくれたドクターやスタッフに良くなったことを伝えたくて泳いだ。感覚だけで泳いでいたので、ゴールしてタイムを見て53秒前半が出ているのには驚いたが、やってきて良かったと思った」(入江)

 メドレーリレーでも優勝して2大会連続3冠を獲得したいと話した入江だが、競泳最終日の26日、惜しくもその願いは叶わなかった。第1泳者を務めた入江の記録は、個人100mの時より徐との差を、0秒47から0秒73にまで広げる好成績だった。だが、チームは最後の自由形で100m優勝の寧沢涛(中国)に46秒91のラップタイムで泳がれて逆転負けしてしまった。

 それでも入江は納得の表情だった。

「僕はリレーの方が記録を上げてくると思われているし、僕自身そう話していたのに記録が出なかったのは悔しいところもあります。正直日本記録を狙うと言っても厳しいのかなと思っていました。でも初日の100mであと0秒10差まで迫れたし、メドレーリレーでも52秒台前半で泳げたのでこれで本当に見えてきたという感じです」

 100mでは0秒10まで迫り、200mも0秒75差(日本記録は高速水着時代に入江自身が出した1分52秒51)。4月の日本選手権では「これまでは高速水着の記録はあえて見ないようにして『ノーマル水着のベストを』と考えていたが、やっとあの記録から目をそらさないで向き合えるようになってきた」と話していた入江。シーズン最後の大会で残した好成績で、自己記録更新も間近なのだと本気で思えるようになった。

「ほかの種目を見れば高速水着の記録を超えている選手も多く出ている中で、背泳ぎだけがいつまでもその頃の世界記録のままでいるのは問題なので......。100mに関しては世界記録まであと0秒4まで迫っていて、狙えるチャンスも出てきたから、狙わなければいけない立場だと思います。200mも自分の高速水着の記録の1分52秒51を超えればリオデジャネイロ五輪の優勝にも近くなると思うので、本気で狙いたいと思います。スタッフにもまだ伸びしろがあると言われているから、来年、再来年にはそれを実現したいですね」

 今回のアジア大会ではいつも指導してくれている道浦健寿コーチが代表チームに入っていなかったため、合宿などではほかのコーチの指導を受けた。その中で普段はやっていない自由形の練習にも取り組み、それが効果的だったと感じた。帰国してからは道浦コーチと話し合い、練習方法の見直しをしたいという。

「去年くらいからは個人メドレーもやっているけど、楽しめているしいい記録も出ている。最近は自由形も練習で自信が付いてきているので、代表レベルではないけど、これからは楽しみながらの強化の一貫として、個人メドレーと200m自由形もやってみたいと思っているんです」と明るい表情を見せる。

 このアジア大会では萩野の活躍が各国から注目されたが、平井伯昌コーチは以前から「エースはひとりだけでなく、複数いることがメダル量産の必要条件だ」と話していた。

 入江も08年北京五輪に初出場した時から「北島康介のあとを次ぐ次代のエース候補」と注目されていた選手で、今後エースになりうる存在だ。一時はそれを意識過ぎて空回りしていたが、今年になってようやく歯車が合いはじめた。

 今大会自信を深めた入江は、2016年リオデジャネイロ五輪へ向け、エースとして戦いの場に立つ準備を、着々と進めている。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi