遥かなるツール・ド・フランス 〜片山右京とTeamUKYOの挑戦〜
【連載・第23回】

 1996年に今中大介が日本人として初めて近代ツール・ド・フランスを走ってから、18年が経つ――。その間、別府史之(31歳/トレック・ファクトリー・レーシング)と新城幸也(30歳/チーム・ユーロップカー)、ふたりの日本人選手が今中に続くものの、純日本国産チームがツールに参戦した例はない。片山右京の掲げる「ツール・ド・フランス参戦」という目標は、自転車ロードレースを長年取材しているジャーナリスト・山口和幸氏の目にどう映っているのか?

 4半世紀に渡ってツール・ド・フランスの現場に通い続けるジャーナリスト・山口和幸氏にとって、日本人選手の活躍を期待しながら取材できるようになったのは、別府史之、新城幸也の両選手が参戦した2009年以降のことだ。

「昔は日本人が走っていなかったので、欧州のジャーナリストたちから、『なぜ取材に来ているの?』と冗談半分でよく訊ねられましたよ。悔しかったですね」

 と、山口氏は当時を思い返して笑う。日本人として初めて近代ツールを走った今中大介氏の参戦は、1996年。山口氏が所属していた出版社から独立してフリーランスになり、全ステージ取材を開始する1年前のことだ。

「あの当時と今を比較すると、現場に入る際の、『今日のステージで日本人が表彰台に立つかもしれない......』という期待感は、比べものにならないですね。だから、ここ最近は中国人ジャーナリストたちに、『なぜ取材に来ているの?』と訊ねているんですよ(笑)。でも、そんなことを言っているうちに、今年は中国のジ・チェン選手(チーム・ジャイアント・シマノ)が出場して活躍しましたから、今年のツールはきっと何億もの中国の人たちがテレビで観戦しただろうし、その映像を見て自転車競技を始める人も増えると思います。彼らが台頭してくる前に、なんとしても日本人選手には(ツール区間)1勝を挙げておいてほしいところですね」

 そんなふうに、長年に渡って世界最高峰の自転車レースを取材し続けている山口氏の目に、片山右京の掲げたツール・ド・フランスへの挑戦は、いったいどう映っているのだろうか。

「チームを設立して、今年で3年目ですよね。つまり今から2年前にその話を聞いたとき、『2017年に参戦』という目標設定はある程度のステップを踏めば可能かもしれない......と思いました。もちろん、非常に難しいだろうとも思いましたが、右京さんにはこれまでも難しいことをいくつも実現してきたという実績がある。さらに、従来の自転車競技界には足りなかった営業力や知名度、そして世界の頂点で戦ってきた経験があるので、非常に期待をしながら活動を見てきました」

 山口氏の当初の予想では、2年目で日本国内のタイトルを総ナメにし、3年目にツール・ド・フランスの下のクラスの大会で総合優勝をできるくらいの成績を収め、4年目にプロコンチネンタルチームの上位クラス、そしてその翌年(2016年)にグランツール参戦、というくらいのスピードで実績を積み重ねてゆくかもしれない、とも想像したという。

 設立2年目に日本タイトルを個人とチーム両方で獲得したところまでは、山口氏の予想とも一致する。だが、3年目の今年は、ボルタ・ア・ポルトガル(ポルトガル1周レース)など欧州の格式あるクラス1のレースに参戦を果たしたものの、そこで優勝するようなレベルには至っていない。

「ツール・ド・フランスはボルタ・ア・ポルトガルよりもまだ3つくらい上のレベルにある、というのが実際のところでしょう。ツール・ド・フランスに参戦しようと思うと、チームの実力として、プロコンチネンタルチームの中でも上位4番手くらいにつけているくらいでないと、とても難しいと思います」

 では、TeamUKYOが、ツール・ド・フランスとは言わないまでも、ヨーロッパのワールドツアークラスのレベルのレースに出場できるようになるまで、あと何年くらいかかると山口氏は見ているのだろうか。

「その前にですね、アルゴス・シマノ(現チーム・ジャイアント・シマノ)がプロコンチネンタルチームだった2012年、ブエルタ・ア・エスパーニャにワイルドカードで参戦したんですが、そのときに所属するジョン・デゲンコルプ(ドイツ)が区間5勝しているんですよ。ということは、ワイルドカード枠でなんとか出られたように見えても、実は、そのチームはすでに勝てるレベルにあるんです。つまり、プロツアーチームと同等レベルのプロコンチネンタルチームしか出る資格がない......ということ。これは相当難しいと思います。

 その難易度の高い目標を実現するためには、日本の選手だけでチームを揃えるのか。あるいは、金額がかかることかもしれないけれど、強豪選手を集めることで強いチームを仕立ててマネージメントしていくという方法もある。ただ、たとえお金でスター選手を雇ったとしても、チームの実が伴っていなければ継続していけないし、自国選手で揃える場合は、新城幸也や別府史之クラスが10人くらいいないと、とても勝負にはならないと思います」

 競技水準向上のために、選手育成が急務であることは多くの人々の指摘するところだが、この課題について、山口氏は今年のツール・ド・フランスの覇者ヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア/アスタナ・プロチーム)を例に挙げる。

「彼はイタリアの若手エリート育成システムに乗って、リクイガス(イタリア/現キャノンデール)というチームに所属し、そこで成長していきました。そして、ツールで総合3位を獲得するくらいまで育ったときに、イタリアを離れてカザフスタンに本拠地を置くアスタナ・プロチームに移籍したんです。イタリアの育成システムはとても良かったけれども、それではツール・ド・フランスで総合優勝できない――。そこで、レースでの指示系統が冷酷な環境のアスタナへ行って、さらに才能が開花した。厳しい環境の中で、プラスアルファで才能が上積みされたことにより、彼はツールで不動の圧勝をしたのだろうと思います。

 さらに、ヨーロッパの子どもたちの場合は、町の自転車屋さんがフレームを用意してくれるから、タダで乗るチャンスがあるんです。ゲーム感覚の愉しい遊びや大会で、操縦感覚を学びながらどんどんレベルアップしてゆき、本格的に自転車選手になりたいと決心するころに自分で買う――というふうに、段階的にステップを踏んでゆくことができる。伝統や地域の文化に支えられた環境があるからこその強豪国、なんじゃないかと思います」

 そんな欧州で、将来的にTeamUKYOが数々の強豪選手やチームを相手に、互角に戦って行くことは果たして可能なのだろうか。

「当初の計画の中でも、来年くらいからヨーロッパに拠点を持つという青写真はあったと思うし、活動していくこと自体は普通にできると思います。今年のポルトガルのように勝てないレースを戦いながら、少しずつ上を目指していくことになるのでしょうが、その活動の中で結果を出し続けることができるのか、日本の自転車界に還元できる何かを生み出せるのか。そして、大きなスポンサーを獲得することができるのか――。将来的な高みへ向かって歩んでいく中で、クリアしなければならない目標はたくさんあるだろうし、そこは右京さんが一番苦労をしているところだろうと思います。

 当初の計画どおりに進まなければ、無理だったといってあきらめてしまうのか。あるいはあと3年がんばれば達成できそうだと思って、さらにがんばるのか......。そのあたりの右京さんの考えをうかがってはいませんが、不可能に思えたことでも今まで次々と達成してきた人なのだから、絶対にあきらめてはいけないと思います」

 必ず行ってくれよ、という思いで、今後も活動を見ています。

 ツール・ド・フランスを最もよく知るジャーナリストは、温和な口調でそう締めくくった。

(次回に続く)

西村章●構成・文 text by Nishimura Akira