『明治の「性典」を作った男』(筑摩書房)

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 セックスをすると気持ちいいのは体に3種の電気が生じるから。オナニーをし過ぎると、いずれ死に至ってしまう......。大真面目にそう言われたなら、どうだろう。「?」が脳内で点滅し始めるのではないか。

 だが、100年ちょっと前の明治日本で、そんなことが書かれた性の解説書が一大ベストセラーとなっていた。『造化機論』が、それである。「ぞうかきろん」と読む。造化機とは性器、生殖器のこと。だから、この書のタイトルを今ふうにアレンジすると、ペニス論とかヴァギナ論となる。この、トンデモ臭ただよう『造化機論』だが、実際のところ、どんな書物だったのだろうか?

 日本人のオナニーに関する研究でも知られる赤川学氏の『明治の「性典」を作った男』(筑摩書房)によれば、女学校を卒業した若い女性のあいだでも、この書はひそかに読まれていたという。好評を博したこともあり第4部まで刊行され、発禁の憂き目に遭うまで、40年近くにわたって老若男女に読み継がれてきた。

 もともとこの書はアメリカの性医学書で、これを翻訳出版したのが千葉繁という医学者。どうやら当人は、エロは儲かると踏んだのではなく、しっかりした性知識を日本に紹介しなくてはという、いたって真面目な動機でこの書を送り出した。ところが多くの読者は、春画(今で言うエロ本)のつもりで買っていたらしい。実際、「書生がヒマを持て余して、一人で楽しんでいる。後家も処女も秘所を濡らしている。春画や淫本は今はないので、造化機論の図を見るしかない」という意味の川柳が残されているという。

 それほど話題になりブームとなった『造化機論』。この本が提唱したことこそ、セックスをすると電気が生じるという「三種の電気説」であり、オナニー有害説だったのである。

 セックスをすると発生するという3種の電気とは、一体どんなものなのか?

 一つは男女の陰部で生じるもので、男性のは積極的、女性のは消極的で、両者は異なるから、セックスの快楽が増す。これを人身電気という。二つ目は化学的な電気で、女性のヴァギナにたくわえられた塩基性の分泌液と男性のペニスから分泌された酸性物とがセックスによって混じり合い、それによって気持ちがよくなる、らしい。三つ目が摩擦電気で、ペニスの亀頭とクリトリスの摩擦によって電気が生じることで快感がもたらされる(「人身電気」以外は、木本至『オナニーと日本人』も参照している)。

 そこはかとなく「科学」風味のある説明である。

 一方、やり過ぎると死ぬとまで言われたオナニーはどうかというと、これは一人でするものだから、摩擦による電気しか発生せず、「神経の疲労が甚だし」い。それもあって、オナニーをし過ぎると、衰弱し、耳鳴りがし、近眼になり、痙攣が起き、癇癪を起こし、神経病や肺結核にかかってしまう。本当だとすれば、一大事である(言うまでもなく、この手のオナニー有害説は、後に科学的に否定されている)。

 一大ブームを巻き起こし、当時の性観念に決定的な影響を与えた『造化機論』も、しかし、時代の波には勝てなかった。性欲というものを個人の問題にとどめておかず、社会全体で「管理/統制」すべきであるとする優生学的な発想が強まっていき、さしもの『造化機論』も駆逐されていったのである。

 新たに台頭してきた優生学では、どんな配偶者を選べば知力・体力とも優れた子孫を残せるかという「人種改良問題」が論じられ、国力を増強させ、「民族間の競争」に打ち勝つには日本人を「改善」しなければならないといったことが大真面目に論じられた。ちょうどそれは、富国強兵策が推し進められ、日清・日露という二つの戦争へ突入していった時代である。

 こうして、個人的なものであるはずの性が、そしてオナニーが、社会の問題とされていき、国家によって統制され、からめ取られていった。もちろんこれは戦前の話だ。だが、すべては終わったことなのだろうか。

 安倍晋三首相は昨年、国会での施政方針演説で、「強い国家」を目指すことを宣言し、「人種改良」論者でもあった福澤諭吉の言葉を引いた。そして「産めよ増やせよ」という政策を推し進めつつ、今回の内閣改造では女性に結婚まで貞淑を求める性教育や、母乳での育児強要、中絶禁止を推進する女性閣僚を次々入閣させた。

 性がふたたび国家にからめ取られてしまう日も、そう遠くないのかもしれない。
(近勢頼彦)