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JIN−G 三城雄児
1975年生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、富士銀行、マングローブ、日本経営システム研究所、ベリングポイントを経て、2009年7月JIN−G設立。同社代表取締役。ビジネス・ブレークスルー大学准教授。

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僕らの会社は企業の人事戦略に対するコンサルティング、教育研修のデザインを主な事業にしています。社員は国内7名、海外2名ほどです。これまでは社員数の多さで会社の成長を計らず、プロジェクトごとに外部のスペシャリストと仕事をしていく形をとっていました。しかし、最近では役員を含む組織体制を強化し、事業を拡大する体制に転換しています。

JIN−Gはコンサルティングと国内研修と海外研修がそれぞれ3割ずつの売上を占めていますが、急激に売り上げが拡大したのは、「ミッションコンプリート」という海外研修プログラムによるところが大きい。これは『ガイアの夜明け』でも特集してもらったのですが、海外の現地の人たちと交流しなければ達成できないミッションを用意し、参加者に5日間でやってもらうものです。

例えば研修場所がベトナムであれば、空港へのお迎えなどは一切せず、ホテルに現地集合。チェックインすると部屋に手紙が置いてあって、「ベトナム人をキャストにして、ベトナム人向けに、ベトナム語で自社のテレビCMを作成せよ!」といったミッションが書いてある。そうしたミッションが小さなものも含めて複数用意してあり、現地の人たちの協力を仰ぎながらミッションを達成していくという研修です。

これまでの海外系の研修というと、MBAや語学研修に代表されるように、ほとんどが机上でおこなわれるいわゆる教養系のプログラムでした。しかし、海外でビジネスを実践できる人を育てるには、机上で考えるよりも現地で仕事をしてみるのがいちばん手っ取り早い。それなら、それができる環境を作ってしまえばいいじゃないか、と。仕事というのはあらゆるものが誰かから依頼されて始まり、その依頼人の期待を越えることが求められるものです。それを実体験できる研修を作りたかったんです。

こうした研修プログラムを提案していく際、僕らが掲げているのは「世界を愉しむビジネスパーソンをもっと増やそう!」という理念なのですが、では、「世界を愉しむ」っていうのはどういう状態なのでしょうか。

■僕はこんなふうにイメージしているんです

まず、ビジネスパーソンが世界を愉しんでいない状態というのは、極端に言えば一つの企業で働いている人たちが勝手に壁を作って、その壁の中の人間関係に翻弄されたり、様々な葛藤やストレスを感じたりしながら働いている状態です。

一方で世界を愉しんでいる状態ではその壁がなくなって、外の世界にいるいろんな人たちのことが分かり、そのことによって自分や自社のこともよく分かっている――そんな世界で自分に合ったいちばんいい仕事を社内外で創造できれば、多くの人たちがいまよりも生き生きと働けるはずです。

「キャリアの偶発性理論」という概念があるのですが、1人のキャリアはその言葉通り偶然に見つかるものです。でも、そのためには日ごろから価値観をきちんと持って、外の世界に対して自分をオープンにしている必要がある。世界に対して壁を作らずに働くことは、そうした偶発的なキャリアに備えるためにこそ重要です。

■社員の能力にお金を払う日本

いまの時代に働く個人にとっていちばん危ないのは、10年20年と安定志向で勤めた後で会社が傾いてリストラというパターンですよね。だからこそオープンマインドで視野を広く持ち、会社の外にいっても仕事を愉しくできる人であり続けないといけない。その意識さえ持っていれば、会社や上司に求められている社内だけの期待品質で満足せずに、世界に通用するレベルで仕事を完遂してやろう、というくらいな気持ちで働けるし、企業の側もそうした人を採用することによって社内が活性化するでしょう。そうした雰囲気が当たり前であるような社会を実現したい、というのがJIN−Gの経営理念です。

そして、そのためにまず変わっていくべきは、日本の企業人事であると僕は思っています。人事の改革が組織の変革につながり、ついには世の中の仕組みの変革につながっていく。その動きを作り出す存在でありたい。「人事・人材開発にイノベーションを起こす」というわけです。

僕は早稲田大学の研究機関で研究員もしているのですが、最近、そこでイギリスの商工会議所の専務理事を交えたシンポジウムがありました。そのとき彼女の言葉で印象的だったことがあります。

いわく、イギリスでのHRの定義は「タレント・プール・デベロップメント」、つまりは「人材のプールを成長させること」だと言います。日本の場合は「ペイロール」、お金を払うことやルールを守らせることが人事の役割になってしまっている、と。日本ではまだまだ人材育成といっても全員が一律で同じ教育を受けることが主流で、社員一人ひとりのタレントを人事部が把握し、パフォーマンスをいかに上げていくかというテーマになかなか目が向いていないですね。当然、日本の人事部は今後、そのような視点を持っていく必要があるでしょう。

日本の人事部がそうなったのは、経済を支えてきた製造業が社員に長く勤めてもらい、技術を習熟してもらったほうが良い事業だったことも理由の一つだと思いますが、さらに言えば、日本は社員の能力に対してお金を払う職能主義の考え方が主流だったからですよね。欧米は職務主義なので、仕事に対してお金を払う。制度設計の根本思想が異なっていたわけです。よって日本では様々な部署をローテーションさせてゼネラリストを育て、欧米では、同じ職務のもとで会社を変えることでキャリアデザインしていく人が多い。

これはそれぞれ社会の背景が異なるため、どちらが良い、という問題では本来ないはずです。例えば欧米では歴史的に人種差別という社会問題もあり、人に対してではなく仕事に対してお金を支払う仕組みが発達してきたという一面がある。よく人事コンサルタントが外資系企業の話を受け売りして、「職務主義にしないとダメだ」なんて言っていますが、その会社の業務に何が合っているかはケースバイケースでしょう。欧米の働き方を無条件に素晴らしいと言うのではなく、それぞれの会社の文化や目指す方向性を本当に理解して提案できる人事部を増やすことが、日本の働き方を変えていくポイントだと僕は考えています。

■日本は「一生をかけた成果主義

僕が「日本の働き方」と「欧米の働き方」という単純な図式を整理できたのは、大学を卒業して最初に入った企業が富士銀行だったからでしょうね。

富士銀行はご想像の通り、超がつくくらいの日本的な職能主義、長期雇用前提の会社でした。ただ、多くの人たちが誤解しているのですが、こうした日本的な会社も成果主義の会社なんです。遅速管理と言って、同期の間での昇格のスピードによって差をつけていく。社内の同期と競争することで最終的には成果に応じた処遇を実現しており、生涯賃金もかなり違う。一生をかけた成果主義ですね。

その後、僕は思いついたことを何でも提案できるベンチャー企業、日本のオーナー企業、外資系の職務主義の会社と計4社を経験してきました。それぞれの会社にはそれぞれの事業に合った文化やルールがあって、一つの改革を行うためにはそれぞれの事情を理解しなければならないことを実感として知っていきました。

「なんで日本企業の人たちってぜんぜん発言しないんですか」と外資系しか経験していない新人コンサルタントは言いますが、上司の承諾を得なければお客さまに企画アイデアを提案できない職場というものがあることを知っている僕には、その理由がよくわかります。一方で、どのような会社であっても大事になってくることも存在していて、その経験を強味として活かせば、いろんな会社に対して、適切な人事改革や研修の提案ができるのではないかと考えています。JIN−Gというこの会社を立ち上げるときも、どの会社であっても大切な人事の考え方をしっかりと持ちつつ、各社の事業に合わせた提案ができるコンサルタント集団になろうという気持ちを持っていました。

事業を立ち上げてから確信するようになったのが、先ほども言ったように、働き方を「日本対アメリカ」で語ることはナンセンスだということでした。外資系の出身者は日本の会社を批判し、一方で日本の会社は「そうはいってもこっちがいいんだ」と言っている。でも、本当にすべきなのは自分たちが何をすべきかをゼロベースで考え、日米のいいとこ取りをして、自分たち独自の人事を追求することですよね。

ところが、日本の成果主義の議論はざっくりし過ぎてきたところがあるんです。富士銀行を退職したあとに入社したコンサルティング会社では、お客さまに対して「成果主義」を導入しようとしていましたが、当時は「成果主義」とは呼んでいませんでしたからね。あの頃の課題は団塊の世代がいっぱいいて、高まり続ける人件費をいかに抑えるかが人事改革のテーマだったはずです。もう少しその人の貢献度に合わせた給与体系にしないと、国際競争の中で会社が成り立たないという問題意識の中で構造改革をしようとしていた。それをどこかのタイミングでメディアが「成果主義」と言い出して、管理職に差を付ける制度だと問題を小さくしてしまったんですね。

その時代の雰囲気に乗るように、コンサル会社に言われるがままに欧米の人事制度を真似して、余計に現場がギクシャクしちゃった会社が本当にたくさんありました。

失敗の理由は明らかでした。欧米型の成果主義人事を入れたにもかかわらず、成果責任を現場に負わせず、それを果たすための人事権などの権限も与えない――。社内の文化としては「チームが大事だ」と言っているところに、「個人が大事だ」という制度だけを入れてもバランスが取れないのは当たり前でした。文化を変えるなら、採用する人も変えないといけない。人事の主導権や権限の与え方もすべて議論した上で、現場を翻弄しないように人事制度を導入することの重要性を、そこからは教訓として学べると思います。

人事の世界は様々な人や環境が作用してでき上がっているものなので、完璧な制度なんて存在しない。会社ごとに異なるアプローチをしながら、それぞれの人事部が社内の全体を見る力を育むこと。それをいまもう一度、やり直さないといけない時期にきている。日本中に人事のプロフェッショナルを養成して、その改革を支えることで、日本の働き方そのものを良い方向へと変えていきたい、というのが僕の目標です。

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JIN−G:組織人事のコンサルティングおよび人事部員向け教育事業を展開。設立は2009年。社員数9人。

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(稲泉連=インタビュー・構成)