テニスの錦織圭が全米オープン準優勝という快挙を成し遂げ、昨年末からコーチに就任したマイケル・チャンにも注目が集まっている。彼のような外国人コーチは今、日本人選手が世界で活躍するための“カギ”となっているのだ。

錦織はチャンのおかげで“覚醒”したといっても過言ではない。そのトレーニングのおかげで体幹が鍛えられガッシリした体に成長。細かいフォームのチェックも指摘されフォア、バックともにストロークの攻撃力は世界一といえるほどに。もちろん、かつて史上最年少で全仏を制し世界ランク2位にまでなったチャンの実経験に基づくメンタル面の改革も大きかった。

このように、外国人コーチの存在によって変革されたケースは現在、ほかの競技でも実を結んでいる。

スポーツジャーナリストの折山淑美(としみ)氏が、今最も選手育成に成功していると注目しているのは、バドミントンフェンシングだ。このふたつの競技では、ともに海外から優秀なコーチを招聘(しょうへい)している。

バドミントンでは2004年からオリンピックや世界選手権を何度も制し、“ダブルスの神様”と呼ばれる朴柱奉(パク・ジュボン)氏を日本代表のヘッドコーチに招いた。

韓国人の朴はコーチに就任すると、育成方針を大きく転換させる。これまでの日本選手は、グレードの低い大会で好成績を残し、ポイントをせこせこ稼ぐ戦略で、なんとかオリンピックの出場権だけは確保していた。しかし朴は積極的に世界のトップ選手が集う大会に出ていき、強い選手と戦うことで日本人選手の技術の向上を目指した。

朴の方針は実を結び、北京五輪ではダブルスの末綱聡子(すえつなさとこ)・前田美順(みゆき)の“スエマエ”ペアが4位に入賞。ロンドン五輪では藤井瑞希・垣岩令佳(かきいわれいか)の“フジカキ”ペアが銀メダルを獲得した。さらに今年5月に開催されたバドミントンの国・地域別対抗戦のトマス杯で、日本男子は総合優勝を果たしている。

また、フェンシングも2003年にウクライナの代表選手として活躍していたオレグ・マツェイチュクをコーチとして招聘。彼も朴と同様に、まず世界の舞台で戦う経験を重ねさせ、選手のスキルを磨いていった。その後、日本人が世界の舞台で勝つための研究をし、その練習を徹底的に行なったという。

「フェンシングも手足が長く身長の高い選手のほうが有利な競技。そのなかで小柄な日本人が勝つために、相手の剣をかわして、10手先と20手先でポイントを取る戦術を常に考えることを選手に植えつけていきました」(折山氏)

だが、そんなオレグの指導に反旗を翻したのが太田雄貴だった。天才肌の太田は当初「自分のスタイルを貫く」と、オレグの指導を受けつけなかった。

しかし後輩がどんどん力をつけて世界の舞台で活躍し始めるなか、ひとり不振にあえぐ太田は、ついにオレグに頭を下げ、教えを請う。それからはオレグを信じて練習に励み、北京五輪で銀メダルをつかみとるのだ。

今、フェンシング界は太田だけでなく、選手全体の底上げが進み、ロンドン五輪では日本史上初となる男子団体銀メダルを獲得。だが、オレグはさらに将来を見据え、日本人コーチの育成にも取り組んでいる。折山氏も「選手強化に一番必要なのはコーチ育成なんです」と語る。

「若い選手の育成に予算をかけるのもいいですが、優秀なコーチを育てれば、いくらでも才能ある若い選手が出てきます。水泳がうまくいっているのは、コーチがスイミングスクールに雇われたプロだからです。

でも陸上をはじめとするアマチュア競技はボランティアのコーチが大半。本業もあるためにコーチングだけに専念できず、熱心にやればやるほど負担は大きくなる。プロと違って責任の所在も曖昧(あいまい)になって甘えも出てしまう。やはり、朴やオレグのように日本オリンピック委員会が予算をかけてコーチ契約をする形にしないとダメです」(折山氏)

錦織のように世界で活躍するスポーツ選手を誕生させるためには、同時に優秀なコーチを育てる必要があるのだ。

■週刊プレイボーイ39号「水泳、マラソン、陸上……こんなにいる! 選手を激変させた名コーチ伝説」より