ニューヨークで行なわれた全米オープンで、女子ダブルスに出場したクルム伊達公子は、4大大会初となるベスト4進出を果たした。ノーシードから勝ち上がり、準々決勝では第8シードのペアを撃破。ダブルスで見せたクルム伊達のすごさを、元プロテニスプレイヤーの神尾米氏に聞いた。

■ダブルスの上手な選手とは?

 まず、ダブルスには基本的に、ネット際に立ってボレーを主に行なう「前衛」と、ベースラインに立ってストロークを主に打つ「後衛」、というポジションがあります。

 ダブルスの上手な選手とは、後衛にいる時には、「前衛のパートナーがポイントを獲りやすい形」を作れる選手です。単にボールを強く打つのではなく、例えば、相手の足もとにボールを沈めていく。そうすると返球が浮くので、前衛がボレーやスマッシュを決めやすくなるのです。その他にも、ロブや鋭角のクロスなどを打ち、自分のパートナーが動きやすい状況を作ることが大切です。

 逆に自分が前衛の時には、相手の後衛が打ったボールに反応して飛び込み、ボレーを打つ能力が求められます。この動きを、「ポーチ」と言います。さらには、実際にボレーを決めるだけでなく、「ポーチに出るぞ」という動きを見せることも大切です。フェイントをかけ、相手のショットをストレートに誘い込んでミスを引き出せるのも、ダブルスの動きの良い選手と言えます。

 あとは、ボールを怖がらないことも重要です。前衛の時は、相手のボレーやスマッシュが至近距離から飛んでくることもあります。しかし、その時に怖がってはいけません。

 この「ボールから逃げない」ということに関して、伊達さんは本当にしっかりしています。相手がポーチに出てくると、トップクラスの選手でも怖がり、顔をそむけ、身体が横や後ろを向いてしまうことも多いんです。でも、伊達さんは、逃げない。しっかり相手の動きを見ているから、ボレーが来ても対応できています。そのための準備もしっかりしていて、練習でもコーチの中野陽夫さんと、至近距離でボレーの打ち合いをしているのをよく見かけます。

 それから伊達さんは、前衛の時に立つ位置が独特で、グッとコートの内側に寄るんです。すると、ポーチには行きやすいですが、逆にストレートで抜かれやすくなってしまいます。でも伊達さんは、常にストレートもカバーしている。ほんの少しフェイントを掛けながら、常に相手にミスさせることを頭に入れていると思います。ストレートをカバーしつつも、ポーチに行くタイミングを狙っている――。その判断が、伊達さんは本当に素晴らしいと思います。

 この判断の良さが、ダブルス選手としての伊達さんの最大の強みでもあります。基本的にダブルスでは、例えば自分が前衛にいる時は、相手の後衛が打つ瞬間まで、その人が自分の「敵」になります。でも、後衛が打った瞬間、敵が変わる――。自分がポーチに行けないと分かった瞬間に、今度は相手の前衛が自分の敵になるのです。そうなると伊達さんは、もう相手の後衛のことなんて考えていません。自分が今戦うべき相手のほうに、グッと身体の向きも変わります。その切り替え、判断のスピードと正確さがすごいんです。

 また、相手がポーチに出てきても、伊達さんは下がりません。普通は、自分がポーチに出られない場合は、相手のポーチに備えて下がります。そして相手の後衛が打つ時は、ポーチに備えて前に出る。そういった前後の動きがあるのですが、伊達さんの場合は、その動きが小さいんです。自分の身体の正面を、その時々の「敵」の方向にキュッキュッと向けて行きます。それは、ダブルスの基本ではあるのですが、普通の場合は混乱してしまうんですね。誰が勝負すべき相手か分からなくなり、「ふたりを相手にしよう」と思ってしまいがちになります。でも、本当の勝負は1対1なので、伊達さんはそこの判断を間違いません。

 前後の動きが少ないというのは、無駄な動きがないことであり、体力を温存する効果もあるでしょう。もしかしたらそれも、伊達さんがシングルスとダブルス両方を戦い切れる要因のひとつなのかもしれません。

■立ち上がりは狙い通りだった全米オープン準決勝

 全米オープンでは、そのような伊達さんのダブルスの能力が十分に発揮されていました。敗れた準決勝にしても、試合前にはパートナーのバルボラ・ストリコバ(チェコ/28歳)とコーチたちとの4人で、しっかり作戦を話し合っていたようです。特に、対戦相手のエカテリーナ・マカロワ(ロシア/26歳)は正面のボールに弱いので、まずはボレーを彼女の正面に打ってから、ロブを上げようというジェスチャーを何度も交わしていました。

 その作戦が、試合序盤はすごくうまくいっていました。それで5−2までリードしたのですが、徐々にマカロワが馴れてきたんでしょうね。マカロワの動きが良くなり、ロブにも対応できるようになると、他のプレイも良くなって追い上げられてしまった。そこが惜しかったです(結果は5−7、3−6で敗退)。

 あのまま第1セットを取っていたとしても、恐らく第2セットでは相手も巻き返してきたと思います。ただそれでも、もし第1セットを取っていれば、第2セットの終盤で相手がプレッシャーを感じた可能性はあったのではないでしょうか。伊達さんたちもゴールラインが見えたら、勝負をかけて集中力を上げられたと思いますので。

 今回の伊達さんの全米OPベスト4を見て、さらに上を狙えると確信しました。もちろんそれは、パートナー次第でもあります。伊達さんに向いているパートナーは、ある意味、伊達さんより強気な人ではないでしょうか。今回のストリコバもそうだったのですが、サーブの時にコースの指示などを出していたのは、ストリコバでしたね。そのように、伊達さん相手にもどんどん指示を出せて、強気で勝負してくれる人が合っているのではないかと思います。

■ダブルスのクルム伊達から学ぶもの

 今の伊達さんを見ていると、スマッシュとボレーのキレは、今が最高なのではと感じます。もちろん、伊達さんは昔からダブルスも得意でしたし、特に高校時代(園田学園)は前衛でボレーを決める姿が印象に残っています。ただ、タッチなどは、今のほうが確実に上だと思います。

 今大会でも、ファーストボレーが素晴らしかった。ファーストボレーで大切なのは、相手が返しにくいボールを打つことです。スライス回転をしっかり掛けて相手の足もとを狙ったり、深いところに打っていく。あれを打たれたら、相手は高いボールを返すしかなくなる......そういうボレーを打っていました。

 あと、伊達さんはボレーの時に、グリップをグッと短く持つんです。そうすると、ラケットのヘッドが倒れない。しっかりラケットを腕で支えて打てば、ミスが少なくなるので、私もレッスンでは初心者の方に握ってもらったりする一番簡単なグリップです。伊達さんほどの人でも、実はすごく基本に忠実で、ボレーを打つ時も足をしっかり使っています。足で踏みこみ、腕はコンパクトな動きなので、ドロップボレーやロブボレーも上手なのでしょう。

 ダブルスは、いろいろな戦術やテクニックが盛り込まれているので、すごく見るのが面白い競技です。ダブルスを見る時は、ボールの動きだけではなく、選手の動きを見てください。特にダブルスをされる方は、自分の苦手なポジションの選手を見ると勉強になります。特に伊達さんの動きからは、学ぶことがたくさんあるでしょう。

 先ほども言いましたが、伊達さんの前衛の立ち位置は、中央に寄っていて特徴的。そこから、伊達さんがどう動くかを見てみてください。「あの位置に立っていても、相手のレシーブの時はポジションを変えるんだな」とか、「逆に動かない時もあるんだな」など、様々な発見があると思います。そこも駆け引きで、少しの動きで相手にプレッシャーを掛けているんです。

 そのあたりの伊達さんのプレイを見ていくと、さらに楽しいと思います。

【profile】
神尾米(かみお・よね)
1971年11月22日、神奈川県横浜市生まれ。母の影響で10歳からテニスを始め、東海大学付属相模高校卒業後の1990年にプロ転向。1992年の全豪オープンを皮切りにグランドスラムで活躍。1995年にはWTAツアーランキング24位まで登りつめるが、肩の故障により1997年2月の全日本室内テニス選手権の優勝を最後に25歳の若さで引退。現在はブリヂストンスポーツのイベントで全国を回るかたわら、プロ選手やジュニアの育成に携わっている。WOWOW解説者。

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