『シャバはつらいよ』(ポプラ社)

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 ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者支援の運動「アイスバケツチャレンジ」がにわかに広がり、24時間テレビでは末期ガンの母親を支える家族の感動物語が話題になったこの夏。ネット上では「難病や闘病への理解が広まる」「いや偽善の押し付けだ」と一時議論が沸騰したものの、秋の訪れとともに(案の定)終息していった。だが、世の中が?ネタ?として消費し尽くした後も、治らない病を抱えた人たちは変わらずそこにおり、彼らの困難な日常は続いてゆく。そんな重い現実を軽く明るいノリで、しかし確かなリアリティを持って伝える本がやはりこの夏に出版され、売れている。『シャバはつらいよ』(大野更紗/ポプラ社)。20万部突破のヒットとなった『困ってるひと』から3年、?難病女子によるエンタメ闘病記?の続編である。

 ミャンマーのフィールド調査や難民支援に飛び回る大学院生だった著者は、25歳の時に突然、日本ではほとんど例がなく治療法もない難病──「皮膚筋炎」と「筋膜炎脂肪織炎症候群」──を発症。1年もの間、診断名がつかないまま病院を転々とした末に9カ月間の入院生活を送る。前作では、そこに至る経緯と戸惑い、周囲の反応とすれ違い、医師との関わりや彼らへの反発などを、あまり深刻ぶらず、ドタバタ・エッセイ風に自分に突っ込みながら、それでも時々やるせなさをにじませて語った。今作はその後に退院して「シャバ」で独り暮らしを始め、新たに生活を立て直していく日々が描かれる。期間で言えば、2010年6月末から2013年4月までの3年弱。

 難病という「クジ」を引き当ててしまった彼女にとって「シャバは、未知なる新世界」と化した。

腕に力が入らずマンションのドアが開かない。転んだら起き上がれない。毎日1時間だけ日替わりのヘルパーが来るが、ボタン一つで駆けつけるナースも、厳しく見守り説教する主治医もいない。健康なら徒歩2、3分の病院へ通うのに息を切らして杖をつき、500m先のコンビニへ杖を行くのも一苦労。なにしろ彼女は、おしりの皮下組織にぽっかり「洞窟」が空き、「元おしり液」を流し続けている状態。電動車いすの購入を思い立つが、数十万円と高額なうえ、福祉の補助金がいくら出るかの「判定」を受ける手続きは煩雑で、かつ1カ月以上待ち......。

《これまでにもこういう「手続き」はいろいろしてきたものの、具合が悪いときにたくさんの書類をそろえたり、たくさんの関係機関にグルグルと申請してまわることは本当に大変だなと、なんだか他人事のように考えた。
 必要なときにパッと申請して、パッと手に入るようなものでは、ないんだなあ......》

 こうした経験をいくつもするうち、福祉行政というのはできる限り費用を削ろうとする「引き算」の発想であること、難病への医療費助成もとても十分とは言えないことなど、社会保障制度の現状に彼女は目を向ける。そして、その仕組みや問題点を当事者目線で伝えていくことが、自分の仕事の一つだと考えるようになる。

 しかし、「難病おひとりさま」の日常は孤独だ。ツイッターで知り合った人がたまに訪ねて来てくれたり、出版社のWEB連載を始めたり(これが後にデビュー作となる)、評論家の荻上チキの取材を受けて励まされたりはするのだが、誰かと会って楽しかった後ほど孤独感は募る。入院中に知り合い、心の支えになったボーイフレンドらしき「彼」もいたのだが、やはり難病を抱えて遠方に住んでいる。しかも、彼女が徐々に社会性を取り戻していく中ですれ違い、彼女から連絡を絶ってしまうのだ。ある晩、ミャンマー研究時代の知人たちとなじみの店へ行き、ワイワイおしゃべりして戻ってきた部屋で彼女はひどい気分に襲われる。

《どうして、先の見えない苦痛に耐え続けなければならないんだろう、どうして、こんなに疲れて痛くて苦しいんだろう、どうして、わたしだけがこんな思いをしなければならないんだろう、どうして、どうして。誰にも、わかってもらえない。わかってもらえるはずがない。(中略)こんな気分を、あと何度やり過ごせるだろうか》

 だが、ここに続く一文こそ、「弱者」ではあっても「可哀想な人」には決してならない大野更紗の真骨頂を語っている。

《「心が折れる」とか「正気を失う」というのは、薄氷一枚隔ててすぐそこにある。そのことはよくわかっている。わかっているから、「もう一日くらい、?正気側?にいてみるか」と踏みとどまる》

 そして、最大のクライマックスが本書の後半に訪れる。2011年3月11日、東日本大震災。退院8カ月あまりで直面した危機に、彼女は「ああ、このまま死ぬんだろうなあ」と考える。《常時ですら「生存崖っぷち」な難病女子は、非常時には「生存はマジ先行き不透明」状態に》なるからだ。

 そんな中、彼女はツイッターにつぶやき続けた。かつてスマトラ島の大津波被災地へ調査に入った時の光景を思い起こし、津波の恐ろしさをとにかく伝えたかった。誰かに伝えて、東北へ支援に行ってほしかった。被災地にも薬や透析を切らせない難病患者や高齢者がいる。《わたしは、自分も死にたくないが、ほかの人にも死んでほしくない》。

 彼女が福島県出身だったことも大いに関係している。両親が暮らす実家は福島第一原発から34キロの地点。浪江町をはじめ浜通りのあちこちに祖母や親戚一族がいる。直後は当然、連絡が取れない。3日後に一瞬つながった母親とのノイズだらけの通話で、「爆発した」という単語が聞こえてきた。何かあったらしいが、詳しいことはわからない。

《もし、おかあさんとおとうさん、ばあちゃんやおじちゃんたちが、なんとか生き残ってくれたら、わたしに何を望むだろうかと考えた。正直、わからなかった。
生きのびて、後から、直接会って聞こう》

 生存崖っぷちの彼女は、区の相談員や知り合いの編集者やツイッターで苦境を知った人たちに支えられて食料を確保し、なんとか事態を乗り切る。そしてこの体験によって思い出す。「人の役に立ちたい」という欲求、つまりは生きる意味のようなものを。それが、次なる道へとつながっていくのだ。

 難病患者や闘病中の人はもちろん一様ではない。ただ確実に言えるのは、われわれが安易に感動物語を求めるように、ただ単に「健気に耐えている」のでも、やみくもに「明るく前向き」なのでもない。彼女が書くように、絶望の誘惑から全力ダッシュで逃走しながら、なんとか日々を生きのびている。その当たり前を、この本はリアルに描き出す。

 作家の重松清は、彼女との対談(『さらさらさん』ポプラ社・所収)で前作への感想をこんなふうに述べている。

《人間は自分ひとりの人生しか生きられないから、結局物語を読むということは、フィクションもノンフィクションも含めて、いろんな人のいろんな人生、架空の人生を知るってことじゃない。で、知ることによって、幅が広がらなきゃダメだと思うんだよ。(中略)「なるほどこういう考えもあるんだ」とか、「自分が見逃してきたところはこうだったんだ」と思う。その面では『困ってるひと』は、間違いなく「文学」だった》

 ちなみに、今作『シャバはつらいよ』のタイトルは、誰もが気づくように『男はつらいよ』へのオマージュである。シリーズ全48作を3周は観ているという彼女は、過去のエッセイで寅さんへの思い入れをこう書いている。

《「男はつらいよ」は、世間の荒波を生きていくための、実学のロードムービーでもある。二〇〇八年に世にも稀なる難病を発症し、難民研究者を目指していたはずの自分が、日本社会の難民になったとき。どうやって生きていったらいいのか、前例も既存のレールも、頼れるものも何もなかった。たった一人で、誰も通ったことのない道なき道をかきわけなければならなくなったとき。思い出したのは、寅さんの背中だった。この瞬間も、その背中を追いかけている》
(大黒仙介)