NHK連続テレビ小説『花子とアン』NHKオンライン

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 ついに蓮さまと花子が決裂──と、さらなる盛り上がりを見せているNHK連続テレビ小説『花子とアン』。主人公・花子(吉高由里子)が戦争へ抵抗を感じながらもラジオで子どもたちに戦意高揚を煽るような話ばかりすることに、腹心の友・蓮子(仲間由紀恵)が"戦争協力"だと批判。ふたりの厚い友情が、戦争によって切り裂かれてしまった。本日9月6日の回では、「私の口から戦争のニュースを放送することはできません」と、花子はついにラジオの降板を決意した。

 視聴者のなかには「花子だって戦争に協力したいわけじゃないのに......蓮さまわかってあげて!」と思っている人も多いかもしれない。しかし、現実はそうではない。花子のモデルで実在した村岡花子氏は、戦争に抵抗を示すどころか、かなり積極的に"加担"していたのだ。

 本ドラマの原案である『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』(村岡恵理/新潮文庫)によると、ドラマと同様に戦争中も「子供たちの世界から夢を奪いたくなかった」と考えていたという花子だが、その一方で、「銃後を守る女性たちの協力を呼びかけるために、もんぺ姿で連日のように大政翼賛会、大日本婦人会、国防婦人会、勤労奉仕の女学生などの会合や、講演に狩り出された」とある。

 だが、もっと強烈なのは、北海道大学大学院准教授の中島岳志氏がTwitterで紹介した花子の発言の数々だ。中島氏によれば、花子は「婦人新聞」1938年1月20日号で、「今度政府が幼少年の読物の浄化運動に乗り出したことは大変結構なことだと思います」と、文学者でありながら、こともあろうか"思想的検閲による発禁処分を肯定"。同紙の同年1月1日号での座談会でも、「戦争は国家の意志ですからね」「(戦争で負傷した兵士について)有難いと思へと、何時も子供等に話して居りますわ」と発言しているという。

 さらに、『女たちの戦争責任』(岡野幸江、長谷川啓、渡辺澄子、北田幸恵・共編/東京堂出版)には、花子が、

「私は戦争の文化性を偉大なものとして見る。平時には忘れがちになつてゐる最高の道徳が戦争に依つて想起され、日常の行動の中に実現される」「母は国を作りつつある。大東亜戦争も突きつめて考へれば母の戦である。家庭こそは私どもの職場、この職場をとほしての翼賛こそ光栄ある使命である」

 などと随筆集に書き綴っていたことが明かされている。加えて、内閣情報局と大政翼賛会の指導のもとに結成された文学者組織である日本文学報国会のイベント・大東亜文学者大会で、花子は「子供たちの裡にこそ大東亜精神を築き上げるべき」と述べているのだ。戦争に戸惑うドラマの花子とは大きくかけ離れた、ずいぶんな前のめりぶりである。

 しかし、戦争に積極的だったのは、もちろん花子だけではない。ドラマのなかでも売れっこ作家の宇田川満代(山田真歩)が従軍記者となって気炎を揚げるようすが描かれているが、実際、少女たちに絶大な支持を得ていた人気作家・吉屋信子や、『放浪記』で有名な林芙美子も従軍記者として戦地に赴いている。その上、日露戦争時には「君、死にたまふことなかれ」と歌った与謝野晶子や、日本のフェミニストの先駆者である平塚らいてう、市川房枝といった人物たちでさえ、先の戦争に協力的だったのだ。

 なぜ、家父長制を真っ向から批判し、恋愛の自由を掲げた"新しい女たち"が、家制度を基盤とした戦争に加担していったのか。その理由のひとつは、当時の婦人運動の大きな軸となっていたのが参政権の獲得だったからだ。女性も政治に参加する、すなわち戦争を担う一員として国民国家を目指す。市川は女性が社会に"認められる"存在になるべく、戦争協力の道を選んでいったのだ。他方、"母性主義"を掲げていた平塚は、子を産むことで国家に貢献するという母性的天皇制に絡め取られ、国体思想に傾いていく。

 女が"国民"になるために──当時の国家総動員体制のなかで、女たちは戦争への加担を選択した。だが、選挙権を獲得し、男女平等が謳われる21世紀の日本でも、「お国のために」運動する女性は存在する。愛国活動歴12年の著者が書いた『女子と愛国』(祥伝社)によれば、いま、愛国活動に勤しむ女性が増えており、「それも二〇代、三〇代の若い女性」だという。

「武器は持たずとも、現代の愛国女子は闘っている。その気持ちの源泉は、家族を守りたい、安全に暮らしたいという気持ちだ。その意味では、戦前も戦後も、女性が安全や無事を思う気持ちは変わらない」(同書より)

 同書に登場する"愛国女子"たちは、異口同音に「この国を護りたい」という。そして著者は、このように締める。「この国を支えていく次世代を育むことは、男性にはできない、女性ならではの仕事である。こうして日本は女性の力で導かれてゆく。愛すべき日本の将来は女性の手にかかっているのだ」と。

 まるで戦争を推し進めていった戦時下の女性たちの声かと見紛うような言葉の数々──。だがこれは、何も不思議な話ではない。女性が"国民"になるために、戦争に協力していった過去のフェミニストたち。片や、現在の国に誇りを持ちたい、国を守りたい、そのためには"弱い国ではいけない"と考える21世紀の愛国女子たち。時代背景や動機は違っても、女性が主体的であろうとするとき、国家はそれを巧みに利用し、のみ込んでいく強大な力をもっている。社会学者の上野千鶴子は、『ナショナリズムとジェンダー 新版』(岩波現代文庫)に、こう綴る。

「ここで忘れてはならないのは、「女性の国民化」プロジェクトは、当時の女性運動家たちにとって少しも「逆コース」でも「反動」でもなく、「革新」と受けとめられていたことである。女性の公的活動を要請しかつ可能にするこの「新体制」を彼女たちは興奮と使命感を以て受けとめた」

 わたしたちは知っている。戦争の、非道で、過酷な結末を。『花子とアン』135話のなかで蓮子は「戦争をしたくてたまらない人たちは国民を扇動しているのよ」「わたくしは戦地へやるために純平を産んで育ててきたんじゃないわ」と花子を責めたが、その台詞の重さを、未来にいるわたしたちはすでに知っているはずなのだ。

 そして、「時代の波には逆らえない」と戦争への協力ともいえるラジオの語り手をつづける花子に対し、蓮子はこうも言った。

「わたくしは時代の波に平伏したりしない。世の中がどこへ向かおうと、言いたいことを言う、書きたいことを書くわ」

 この回が終わった後の『あさイチ』では、NHK解説委員の柳澤秀夫が神妙な面持ちで、「メディアにかかわる僕らとしても、身につまされることですよ。ほんとうのことを言える時代かどうかっていう......」と語った。先日も、NHK元職員の有志たちが籾井勝人会長の退任を求める申し入れを行ない、「NHK職員に言論の自由が保障されていません」と声が挙がっていたが、ドラマのなかだけの話ではなく"言いたいことも言えない世の中"が進行中であることも、忘れてはいけないだろう。
(田岡 尼)