『小澤征爾 覇者の法則 (文春新書 985)』中野 雄 文藝春秋

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 今や誰もが認めるマエストロ、小澤征爾さんですが、なぜ「世界のオザワ」と呼ばれるまでの偉大な名声を得ることが出来たのでしょうか。
 
 中野雄さんによる『小澤征爾 覇者の法則』では、小澤さんのこれまでの歩みを詳細に辿ることで、なぜ成功を掴むことが出来たのかを分析しています。

「人生を決める要素の約六〇パーセントは先祖から享け継いでいる遺伝子=DNA、残りの約四〇パーセントが生まれ育った環境と受けた教育、そして残りの一パーセント前後が、その人の人生の岐路に関わる『運』である」(本書より)

 六〇パーセントが遺伝子によると語る中野さんは、小澤さんの人生を紐解く上で、まずその受け継いだ遺伝子に注目し、小澤征爾さんの父である小澤開作さんの人生の歩みを語ります。

 次に四〇パーセントを決めるという、生まれ育った家庭環境、あるいは学生時代に受けた音楽教育として、師である齋藤秀雄さんにも迫っていきます。
 
 そして最後の一パーセントだという運。「『運』を『幸運』に変えられるか否かは間違いなく本人の資質=感受性と行動力如何にかかる」と中野さんは言い、小澤さんの行動力についても、数々のエピソードを辿りながら明らかにしていきます。

 その際、中野さんは、小澤さんの行動力の背後にある、物の考え方についても触れます。普通の若い音楽家の卵が、国際コンクールに優勝したならば、舞い上がり自分はプロの音楽家になったのだと考え満足してしまいそうなところを、小澤さんはそのようには考えなかったのだというエピソードを紹介します。

「小澤征爾は、その頃世界唯一の登龍門であったブザンソンの国際指揮者コンクールに優勝しても、満足したり、天狗になったりすることはなかった。パリとブザンソンで接したシャルル・ミュンシュの至芸に感動して、『この人に師事して、更に高みを目指したい』という向上心に駆られるのである」(本書より)

 そして師事したいと思った小澤さんは、実際に弟子にしてもらえるようシャルル・ミュンシュ本人に直訴したそうです。向上心、上昇意欲から湧き出る行動力が運を引き寄せ、やがてミュンシュが当時君臨していた名門・ボストン交響楽団音楽監督就任という快挙を成し遂げ、運を幸運に変えることに繋がったのだと指摘します。

 小澤征爾さんのこれまでの歩みを辿ることで見えてくる、成功を掴むための法則とは一体何なのでしょうか。人生を送る上での、ヒントを見出せるかもしれません。