片平里菜・愛内里菜のブッ飛んだ歌詞―その意味不明ワールドを味わう
 昨年シングル「夏の夜」でメジャーデビューを果たした片平里菜のファーストアルバム『amazing sky』が8月6日にリリースされました。いまや女性シンガーソングライターの激戦区となったJポップのフィールドでどんなアーティストへと成長していくでしょうか。

 サウンド面では亀田誠治や東京スカパラダイスオーケストラといったベテランの技が光り、ベースボールベアーやアジアンカンフージェネレーションらのメンバーも参加するなど大変豪華な仕上がりとなっている様子。

 aikoのような跳ねたピアノが印象的な「女の子は泣かない」や、サラ・マクラクランの「Angel」を思わせるスローバラード「teenage lovers」といった曲からも、適度にフォーキーで心地よく激しいウェルメイドな作風を好むリスナーならば、全く問題なく安心して聴けるアルバムになっています。

◆甘えるなんて自分に対する人権侵害!

 しかしそんな何の変哲もない、ごく普通の作風で大丈夫なの? と思いきや、片平里菜さんの書く歌詞が、なかなかキテいます。4月にリリースされたサードシングル「Oh Jane」では、突如として聴き手を谷底へ突き落す片平さんのブッ飛んだ世界が堪能できます。

<たまには甘えてみたい いつまでもいい子でいたい でも女はわかってる
そんなの人権侵害 あんまり見くびってんなよ だから女はわかってんだよ>

 驚きました。「人KENまもる君」もびっくりです。なぜ急に法を盾に怒りだしたのか、全く理解できません。

 そもそも「そんなの」とは、どんなのでしょうか。前の文を受けて使われる指示語ですから、おそらく甘えてみたかったり、いい子でいたかったりすることが「そんなの」なのだろうと推察されます。

 だとすれば、事態は深刻です。甘えたいとか、いい子でいたいと思う純粋な気持ちそのものが人権侵害になってしまうことになります。さらに複雑なのが、それが人権侵害だったとして、一体そのように願う誰の人権が侵されているというのでしょうか。それは、他ならぬこの詞における話者です。

「Oh Jane」はいよいよ切迫してきます。甘えたい、いい子でいたい。そんな腐った根性を抱える自分の存在そのものが、自分の人権を侵害しているのだ。オー、ジェーン、なんと厳しすぎる倫理観でしょう。

 曲は最後、息も絶え絶えにこのように締めくくられます。

<ちゃんと愛して…>

 だったらちゃんと日本語しゃべって…。

⇒【YouTube】片平里菜 「Oh JANE」 Music Video http://youtu.be/XYDABFkuYbU

⇒【歌詞全文】http://www.uta-net.com/song/160216/

<夢なんて見てさんな>って…?

◆一行たりとも理解を許さない愛内ワールド

 ところで、この片平さんを遥かに超えるもう一人の天才作詞家の名前も里菜というのはただの偶然なのでしょうか。

 「恋はスリル、ショック、サスペンス」などのヒット曲で知られ、2000年代前半に活躍した愛内里菜。もはや師匠、いや尊師と呼びたいほどの日本語の使い手で、一行たりとも理解を許さない鉄壁のフレージングを誇る天才でした(2010年に歌手引退、現在は本名・垣内りかとして犬用品の会社経営)。

 そんな愛内さんの才能が爆発したのが、2003年のスマッシュヒット「Over Shine」。

<人との違いと人との一体感を 人として同時に僕ら
求め生きようと 持ち合わせようと 達成しようとしては
生きてくほど 守りたいものさえ定められず>

 いまこうして引用するためにタイピングしているだけで、鳥肌の立つ文章です。

 詞を構成するパーツの一つ一つに注目すれば、それが疑いようもなく日本語に属することが理解できます。しかしそれらが連結されたときに、日本語であることを拒む力が一気に爆発する。

 まず一行目の「人との」「人との」「人として」から想像できることは、愛内さんの頭の中でリンカーンのゲティスバーグ演説がこだましていたのではないかということです。リンカーンのオリジナルではもう少し前置詞にバリエーションがあったはずですが、こだまするうちに愛内さんの中で簡略化されていったのではないか。

 そして驚くべきは、言い出したことに結論が与えられないうちに次のフレーズが紡ぎだされてしまう意識の失われ方です。

 この詞を無理やり理解しようとすれば、人間千差万別だけど仲良く生きていこうよ、ということがテーマであるように思われます。しかし愛内さんは、このセクションの最後でとんでもないちゃぶ台返しをやってのけるのです。「守りたいものさえ定められず」。それ守りたいものちゃうんかい!と。

 そんな尊師の失われた意識は、同じ形容詞を繰り返し使っていることにも気づきません。

<悲しい出来事や悲しい面影や悲しい思い出よりも
鮮明な笑顔と鮮明な言葉を鮮明な記憶にして残すよ>

 まるで漢字練習帳です。同じ語句をあえて反復させることで少しずつ意味をずらしていくテクニックなど、尊師は鼻にもかけません。全く誤差のない世界。現代の名工も真っ青です。

⇒【歌詞全文】http://www.uta-net.com/song/17686/

 やはりこうして比較すると、愛内さんのトリップ感が破格であることが鮮明になってしまいますが、それでも片平さんの「Oh Jane」にはそんなパイオニアに肉薄し得る資質があることがうかがえます。願わくば、今後詞に手を入れるようなことだけは避けてほしい。

 この自由奔放な詞の手足をしばってしまうことは、Jポップにとって大きな損失となるでしょうから。

※2人の里菜ワールドをもっと楽しみたい方はコチラをどうぞ。

●片平里菜

「小石は蹴飛ばして」 http://www.uta-net.com/song/163211/

<部屋のベット>

ベッドじゃなく。

<明日何が起きたって今日のあたしに悔いはない>

そりゃそうだろう。

●愛内里菜

「double hearted」 http://www.uta-net.com/song/18075/

<私たちは 満たされて 満たされぬ 思いに暮れ続けるだろう>

満たされたの? 満たされないの?

「MISS YOU」 http://www.uta-net.com/song/22824/

<あなたのそばでぎこちないだけを繰り返し>

「ぎこちなさ」としないところが尊師。

<TEXT/音楽批評・石黒隆之>