注目されたメンバーの初選考。アギーレ監督の招集リストからどんなメッセージが読み取れるか。 (C) SOCCER DIGEST

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 ハビエル・アギーレ監督の初陣となるウルグアイ戦(9月5日)、ベネズエラ戦(同9日)の日本代表メンバー23人が発表された。

【写真】アギーレ監督が選んだ日本代表23人
 
 ブラジル・ワールドカップ出場選手は12人で初選出は5人。海外組は12人で国内組は11人。この内訳について特に言及することはない。
 
 ぼくが発表前から注目していたのは、香川真司の扱いだった。
 日本代表ではレギュラーだったが、所属するマンチェスター・ユナイテッドでは控え。こういう選手を呼ぶか呼ばないかに、新監督の姿勢が表われると考えていたからだ。
 
 そして香川は呼ばれなかった。これはいい判断だと思う。ジーコやザッケローニができなかったことだ。
 
 ザッケローニは香川だけでなく、吉田麻也、長谷部誠など、所属クラブで常時プレーしていない選手を、いつも代表に呼んでいた。これはビジネス的な理由が大きかったと思う。
 
 いわゆる国際親善試合は、イタリアやブラジルでも注目度は低いものだ。地方都市の小さなスタジアムで、ひっそりと試合が行なわれていたりする。地方興行が多いのは、大都市で開催しても盛り上がらないからだ。
 ぼくは昨年11月、ミラノでイタリアとドイツの親善試合を観たが、会場のサン・シーロは半分も入っていなかった。強豪国は「クラブ>代表」の図式が定着しているのだ。
 
 日本は、世界では珍しい「代表>クラブ」の国だ。
 集客に苦戦しているJリーグとは違い、日本代表はたとえ親善試合でもチケットがすぐに売り切れる。このことは代表事業が儲かることを意味する。多くのスポンサーがついていて、地上波でも放送される。
 
 だが、これはいいことばかりではない。ビジネス色が強くなるとチケットの売れ行きや視聴率が無視できなくなってくる。日本代表が弱小国相手の親善試合でも、海外組を中心としたベストメンバーで戦っていたのは、そのためだ。
 
 商業的な縛りが強いために、いつまで経っても国内組はチャンスを得られず、そのことで選手層は厚みを帯びず、日本はブラジルで完敗することになった。
 結果を出している国内組が無視され、結果を出していない海外組が重宝される。
 こうした歪んだ選考の被害者は、国内組だけとは言い切れない。
 
 かつてアルゼンチンのボカに所属していた高原直泰は、事あるたびにトルシエ監督に招集され、そのたびに飛行機で24時間以上かけてアルゼンチンと日本を行き来していた。
 
 まだボカで結果を出していない選手が、代表に呼ばれるたびにコンディションを崩してしまう。これではボカとしても使いようがない。当時のボカの監督、ビアンチは旧知の仲でもあるトルシエに「これでは彼のためにならないよ」と忠告していたという。
 
 ヨーロッパや南米の選手は、代表に呼ばれて丁重に断るときがある。特に移籍直後は新しい環境に適応して、立場を確固たるものにしなければならないからだ。これは病気で授業を休んでいる間に、クラスメイトに後れを取ってしまうのと似ている。
 
 結果を出していない、言葉もほとんど話せない、そんな選手が事あるたびに国に帰っていたら、同僚もいい顔をしないだろう。
 
 だから香川が外れた今回の選考は、好意的に捉えれば「ちゃんと試合に出ていないと呼びませんよ」、さらには「スポンサーやテレビ局の言いなりにはなりませんよ」というメッセージとも受け止められる(本田も呼ばなかったら、そのメッセージはさらに強いものになったと思う)。
 
 今回の選考を通じてアギーレは香川に、「マンUで全力を尽くしなさい」、もしくは「出られるところに移籍しなさい」と諭しているのかもしれない。
 
 香川を呼ばなかったことのほかに評価できることは、武藤嘉紀、皆川佑介といった、まさしくいまが旬の若手を選んだことだ。
 これは「調子がよければ、いつでも呼びますよ」というメッセージ。言い換えれば「調子が悪くなったら、すぐに別の選手に代えますよ」ということでもある。
 メンバーが固定化していたザッケローニ時代とは違い、アギーレ体制では多くの選手が代表に呼ばれることになりそうだ。
 
 たくさんの選手が代表に呼ばれる。
 これは日本サッカー界の底上げにとって、とてもいいことだと思う。というのも、肩書きは周りの人の評価を変え、自身の意識を高めることになるからだ。「第2の長友佑都」が出てくるかもしれない。
 
文:熊崎敬