アギーレ監督が選ぶ日本代表は、どんな顔ぶれになるのか。「セレクター」としての力量を考察する。 (C) SOCCER DIGEST

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 8月28日に招集メンバーが発表され、ハビエル・アギーレ監督の日本代表がいよいよ姿を現わす。
 
 メキシコ人指揮官は、初陣となる9月5日のウルグアイ戦と9日のベネズエラ戦に向け、はたしてどんな選手を選ぶのか。
 
 代表監督としてもっとも重要な仕事のひとつが、選手の選考だ。「セレクター(選考者)」としてのアギーレ監督は、どんな手腕の持ち主なのか。その力量を、メキシコ人記者が考察する。
 
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 ハビエル・アギーレは過去に二度、メキシコ代表の監督を務め、いずれの任期も“裏口”からチームを去るようにして終えている。就任当初は、救世主として迎えられながら、だ。
 
 2001年からの第一次政権も、09年からの第二次政権も、成り行きはまったく同じだった。予選敗退の危機にあったチームを立て直してワールドカップへと導き、国民的英雄として崇められながら臨んだ本大会では、不可解な采配で評価を失墜させるというパターンを繰り返した。
 
 アギーレは組織を重んじ、選手にはアグレッシブさを求める監督である。ビッグネームよりも、チームのために全てを捧げられる選手を好んで起用するのは、スペクタクルより効率を重視するそのサッカー観の反映だ。アギーレ率いるメキシコ代表が、つねに「戦闘集団」だったのは偶然ではない。
 
 アギーレが好んで使うキーワードは、「ハードワーク」や「謙虚」といったメンタル面に関する言葉で、選手に対してもこの側面からアプローチする。アギーレの下では、守備にほとんど手を貸さないことで悪名高かったFWクアウテモク・ブランコでさえ働き蜂となり、02年の日韓ワールドカップではチームのために献身した。ブランコがあそこまでハードワークを見せたのは、後にも先にもあの時だけだ。
 
 逆に言えば、アギーレに認められるには、それだけ高い献身性を見せなければならないわけだ。この指揮官の信頼を勝ち取るのは、選手にとって決して容易ではない。しかもアギーレは、一度こうと決めたら梃子でも動かない頑固者でもある。メディア、スポンサー、ファンが何と言おうと、どんな重圧がかかろうと、それに屈することなく自分を貫き通すのだ。
 
「セレクター(選考者)」としてのアギーレを物語る象徴的な出来事が、ガブリエル・カバジェロの招集だろう。日韓W杯のメンバーに入ったこのMFの選出が大きな物議を醸したのは、アルゼンチン出身だったからだ。帰化選手が「エル・トリ(メキシコ代表の愛称)」に入るのは異例のことで、アギーレが決断したカバジェロの招集は政治問題にまで発展した。
 
 問題をさらに深刻化させたのが、平凡の域を出ないカバジェロの選手としての実力だった。しかしアギーレは、逆風の嵐の中で招集に踏み切っただけでなく、W杯のグループリーグ全3試合でカバジェロを起用し、論争をさらに大きくしたのである。
 カバジェロとは逆のケースで波紋を呼んだのが、フランシスコ・パレンシアの冷遇だ。アギーレは国民の待望論に反して、当時絶頂期にあったFWを頑なに起用しようとしなかった。同じく日韓W杯での出来事だ。
 
 登録メンバーには加えたものの、アギーレはパレンシアをベンチに置きつづけた。不可解きわまりない采配として、いまだに謎を残しているのが、決勝トーナメント1回戦・アメリカ戦でのそれだ。
 
 開始8分に先制され、劣勢を強いられるなか、アギーレは28分に交代のカードを切った。しかし、これが理解不能の交代策だった。主力中の主力だったラモン・モラレスを下げて投入したのが、選手としてはすでに峠を越え、それまでの功績の褒美として招集されたと考えられていたルイス・エルナンデスだったのだ。