富樫勇樹インタビュー(2)<日本代表編>

若いうちから代表で戦うことは、
すごく成長につながると感じた

 ドライブインからのフローターシュート、そしてバスケットカウント――。アメリカ選抜(※)を相手に富樫勇樹が果敢にたち向かったシーンに、台湾の観衆が沸き返った。
※アメリカ選抜 = プロリーグ入りを売り込むためにエージェント会社に所属する選手を結集させた即席のクラブチーム

  若手育成を目的として出場したジョーンズカップで、日本代表は1勝8敗となかなか勝利を挙げられなかったが、富樫がオフェンスの軸として機能し始めた6戦 目からは、少しずつ上向きになってきた。今大会の富樫は、2戦目と最終戦で左足を打撲して出場時間は限られたが、NBAのサマーリーグ(※)でも大男をかいくぐってフローターシュートを決めて観衆の目を惹きつけたように、富樫がスピードで振り切るシーンには目を見張るものがあった。
※今年7月のサマーリーグで日本人として史上4人目のロスター入りを果たした。

 日本代表は今年度より長谷川健志ヘッドコーチ新体制のもと「アジアを知ること」をテーマに初年度のスタートを切った。だが、7月に行なわれたアジアカップ では、足が止まってスローダウンするシーンが何度もあり、戦術もまだ確立されていなかった。結果、不完全燃焼の9チーム中6位。近年のアジア上位チーム は、ゲームメイクもできて、スピードでオールコートを展開できるタフなガードが主流。日本はここ数年、大型ガード化を目指していたが、走力の面からいえば 後れをとっており、見直さなければならない時期にきていた。

 そんな中、大会終盤であるが、富樫のドライブインからのパスに合わせて、ウイ ングの選手たちが速いテンポでシュートを打つ姿勢が出てきたことは好材料だった。ポイントガードとしてはまだゲームを掌握するまでには至っていないが、 「攻撃の起点になれる富樫のプレイは日本が走るために必要。もっと試してみたい」との長谷川ヘッドコーチの評価は、これまでの日本を変えるポイントとなる のは確かで、このジョーンズカップの収穫だといえる。

―― 2戦目と最終戦で左足に打撲を負った中での大会でしたが、ジョーンズカップを戦った手応えは?

 最初の1、2戦は、感覚がつかめませんでした。今まで秋田のチームでは自分がドライブしてキックアウトした時は、少しでも空いていれば必ずシュートを打つチームだったんですけれど、日本代表はシュートを打たずに躊躇してパスを回して、最後にノーマークではないところで打たされてしまうような展開が多いと感じました。個人のスタイルがあるので、シュートタイミングのことは何とも言えないんですけど。

 でも勝ったヨルダン戦は、比江島(慎)さんも田中(大貴)さんも、自分がドライブしてキックアウトしたパスから思い切ってシュートを打っていました。自分がドライブしたらみんながどう動くかとか、試合をするにつれてチームメイトの個性がわかってきたことはプラスです。

―― 富樫選手だったらスピードある展開に持ち込みたいのでしょうけど、日本代表では良さであるスピードがなかなか出せない。これはなぜだと思いますか。

 もっと、アーリーオフェンスからノーマークの状態を作らなければならないと感じました。セットオフェンスになって、結局、悪いシュートを打つくらいならば、もっと空いたところで打てば速いテンポになると思います。

―― チーム最年少でメンバーを指示する立場ですが、どんなことを心掛けてゲームメイクしていますか。

 あの......実はすごくやりづらいです。それは言葉の問題なんですけど、英語だと敬語がないので、年上の人に色々と指示しやすいんですけど、日本語だと言葉が見つからなくて(苦笑)。日本人のセンターとプレイするのが中学以来なので、どういう風に指示を出せばいいのか、最初はやりにくかったです。

―― 『ストレートに指示を出したら生意気に見えてしまう』と、気にしているんですか?

 いや、もう生意気に見られているので、そこは別にいいんですけど(笑)。でも、だんだんとコミュニケーションは取れてきていると思います。「ここはこうしてほしい」という指示は、言わなくてはいけないですから。

―― 日本にいた中学生の頃は取材ではあまり話すほうではなかったですよね。だから今、すごく雄弁になったなと感じていますが。

 昔はシャイでしたよね(笑)。変わったのはアメリカに行ってからです。アメリカにいたら自分の考えていることを話さないとやっていけない。シャイだとやっていけないですから。

―― ジョーンズカップでアジアのチームと対戦してみた感想はいかがですか?

 今回、A代表だったのは台湾と、ヨルダンの半分くらいの選手だけで、あとは若いチームやクラブチームという状況でしたが、韓国(KBL優勝のモービス)と対戦した時は、シュート力がすごくてビックリしました。主力が来てないって聞いていたのに、あんなにシュートが入るチームがあるんだなというのは勉強になりました(日本戦では、後半に3ポイントを11/11本、100%決められた)。これまで自分はアジアのチームとやる機会がなかったし、特にA代表とはやったことがなかったので、そこはもっと勉強していけたらと思います。

―― これまでアメリカでやってきた中で、日本代表に注入したいと思う部分は?

 闘争心とか、勝ちにこだわる気持ちとか、向かっていく気持ちですかね。その辺はアメリカ人と差があると思いましたね。そういう闘争心がリバウンドを取ることだったり、ボールへの執着心につながってくると思うので。

 多分、個人個人では戦う気持ちを持っていると思うんですけど、チームになるとうまく出せないというか......。誰かひとりがそういうのを出し始めると、(みんなも)ハッスルし始めたりするんですけど、なかなか日本人はシャイというか、闘争心を出さない人が多いので。それは自分を含めてなんですけど。今回もイランやヨルダンなんかは乱闘になりそうなくらいの迫力で試合をする時もあって、やっぱりそういう気持ちで戦わなきゃいけないと思いました。

―― 今年はDリーグ(※)にトライすることを宣言していますが、9月のアジア競技大会のメンバーに選出された場合のスケジュールはどうなるのですか?

 僕の気持ちとしては、今年は海外挑戦を優先したいと思ってますが、Dリーグのトライアウトとアジア競技大会が重ならないので、選ばれるのであれば、日本代表の試合には出たいです。自分はU−16代表に選ばれた時もアメリカに行ってしまってアジアの大会には出ていないので、国際大会に出て試合してみたいです。
※Dリーグ = NBAデベロップメントリーグ。NBAの育成組織のリーグ

―― 今後のアメリカ挑戦のスケジュールはどうなっているのですか。

 Dリーグはドラフトが11月で、10月後半にトライアウトしているチームが多いので、10月にはまた渡米します。

―― サマーリーグでは「足りない部分が多く見つかった」と言ってましたが、日本代表の活動を含めて見えてきた課題は何ですか?

 いちばんはフィジカルの面です。それはアメリカに行く前からわかっていた部分。身長はもうしょうがないので、このコンディションのまま、スピードは落とさないで、もう少し体を大きくして、体重を増やすのが課題です。

 こういう台湾とかに来ると、食べる物が限られてくるので体重が落ちるんですよ。日本に帰ったらガッツリとウエイトトレーニングをやって、食事の量も増やさないといけません。

―― この夏、NBAサマーリーグと日本代表というやりがいのある挑戦が続いた中で、成長できたと思えるところは?

 これまで経験したことのないことが続いているので、すごくいい経験をさせてもらっています。3年前にも日本代表候補に入ってジョーンズカップに出たんですけれど、あの時は育成枠みたいな感じで大会に連れて行ってもらったという感覚だったんです。今年はそうじゃなくて日本代表に残れるようにやっているので、意識が変わって自覚が出てきました。今回ジョーンズカップに出て、若いうちから代表で戦うことは、すごく成長につながると思いました。最終戦で左足に結構ひどい打撲をしてしまったので、今はケガを治すことを第一に考えて、体作りをしたいと思います。

【プロフィール】
富樫勇樹(とがし・ゆうき)
1993年7月30日生まれ。新潟県出身。スピードあるプレイと1対1の得点力を持つ167cmのポイントガード。本丸中学校3年時に、父・英樹氏のコーチのもとで全国優勝の原動力となり、高校はアメリカのモントロス・クリスチャン高に留学。帰国後の2012−13シーズンにbj秋田にアーリーエントリー制度を用いて入団し、新人王を獲得。2013−14シーズンにチームをファイナルに導く活躍でベスト5を受賞。2014年に日本人で4人目となるNBAサマーリーグに出場し、さらに日本代表入りを果たす。

小永吉陽子●文 text by Konagayoshi Yoko