『ミッキーは谷中で六時三十分』片岡 義男 講談社

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 小説、評論、エッセイ、翻訳等で活躍され、作家デビュー40周年を迎える片岡義男さんの短編集『ミッキーは谷中で六時三十分』。本書には、表題作となっている「ミッキーは谷中で六時三十分」を始めとして、「三人ゆかり高円寺」「酔いざめの三軒茶屋」「お隣のかたからです」「タリーズで座っていよう」「吉祥寺ではコーヒーを飲まない」「例外のほうが好き」という魅力的なタイトルを持つ七つの短編が収録されています。

 それらのタイトルにも地名が含まれているように、各作品は、谷中、高円寺、三軒茶屋、経堂、吉祥寺、下北沢といった東京の街が舞台となっており、その街の中の喫茶店でコーヒーを飲みながら様々に交錯していく人間模様が、ウィットに富んだ筆致で描かれています。

 それぞれの街の空気を孕みながら繰り広げられる、人生の哀愁や苦みをも帯びた人間模様とはどのようなものなのでしょうか。

 例えば、「ミッキーは谷中で六時三十分」。

 主人公の柴田が、六月半ばの雨上がりの平日午後に、いつもは降りない駅で電車を降り、いつもは入らないような喫茶店にふらりと立ち寄ることによってストーリーは生まれます。

「コーヒーを飲みたいのか、と彼は自分に訊いてみた。さほどでもない、という返答を小わきにかかえる気分で、彼はその喫茶店のドアを押し開いた。いつもなら避けるような店ではないか、という思いは店に入った瞬間、現実となった。そのことが妙に楽しく、柴田はなかば笑顔になった」

 そしてカウンターに座った柴田は一杯のブレンドコーヒーを頼みます。

「一杯のコーヒーを淹れる手順は、すでにとっくに出来上がっていた。そのとおりに店主は両手を動かし、ブレンドによる熱いコーヒーはすぐに出来た」

 そのコーヒーを柴田が一口飲むと、店主は柴田に話しかけ、「喫茶店をやってみない?」と話を持ち掛けます。それも「女をひとりつけるから」と、自分の娘のおまけ付きでと言うのです。
 
 そこで柴田はその足で、ビリヤード場にいるという娘の元へと向かいます。娘と柴田との関係はその後どうなるのでしょうか。そしてタイトルの「ミッキーは谷中で六時三十分」の意味とは?そこには意外な展開が待ち受けています。

 東京の街とコーヒーと人間模様。淹れたてのコーヒーの香りが立ち昇ってくるような中での、贅沢な時間と後味を満喫できる作品集となっています。