検証ザックジャパン(2)
サッカージャーナリスト座談会(中編)

サッカージャーナリストの杉山茂樹氏、浅田真樹氏、中山淳氏によるザックジャパン検証座談会。今回は、ザッケローニ監督が就任してからの4年間のチーム作りと、ブラジルW杯における日本代表の戦いぶりを振り返って、そこで生じた問題を徹底的に掘り起こしていく――。

●W杯までの4年間をひとりの監督に託していいのか

―― ブラジルW杯本大会にピークを持っていく短 期的なコンディショニングとは別に、長期的、つまり4年間のチーム作り全体を見たときの、ザックジャパンのピーキング(重要な大会や試合などに向けて、選 手が最高の状態で、最高の能力を発揮できるように調整していくこと)は、どうだったと思われますか。

杉山:ザックジャパンのピークを考えた場合、メンバーを固定化したことの影響が大きい。W杯まで4年間ありながら、早々にチームが出来上がって、ザッケローニ監 督が日本代表を率いて2年でチーム作りが終わっちゃった。残りの2年は、もうザッケローニ監督がいらなくなっちゃったよね。そこから、チームは負け始め て、下降線をたどっていった。ひとりの監督に4年間指揮を執らせるんだったら、かなり綿密なスケジュールを練らないと。

中山:日本代表監督の契約に関しては、いっそ3カ月更新にするっていうのもありかもしれませんね。メディアはもちろんのこと、日本サッカー協会(以下、協会) も、それぐらい代表監督にはプレッシャーをかけていかないと。契約をかわした瞬間、4年間も保障されて、何の重圧もない日本で好きなように振る舞えるなん て、そんなぬるま湯に浸かっていたら、誰が監督になっても、人間としてダメになってしまいますよ。

浅田:4年間通してのピーキングという点では、僕もメンバーの固定化が問題だったと思う。杉山さんが言うように、チームが早く完成し過ぎちゃった。2年前には、 「今、W杯があれば、いいところまで行ける」って思っていたから。でもその後は、ただ惰性で転がっていくだけで、(チームとしての魅力が)何もなくなって しまった。土壇場になって急に、FW大久保嘉人(川崎フロンターレ)をメンバーに加えたり、信頼していたはずのMF遠藤保仁(ガンバ大阪)を使わなくなっ たりしてバタついていたけど、そんなことは前々から準備しておくべきだった。いろいろと試す時間は十分にあったんだから。

杉山:ザッケローニ監督は"4年間の使い方"というのができていなかった。まあ、それは毎度のこと。日本代表を率いてきた過去の監督はみんな、それができていなかった。

中山:さっきは3カ月契約って、極端なことを言いましたけど、とにかく2年契約プラス2年オプションっていう、このサイクルはやめたほうがいいでしょうね。これ までもそうでしたけど、2年間やって契約を更新するときって、だいたいアジア予選の最中で、相手が相手だから問題が表に出てきていない。そういう状況で、 協会としてはクビを切る理由を見つけられないし、勇気もないと思うんですよ。

浅田:その1年後だとしても、W杯出場が決まっていて、「それを実現した監督のクビを切るんですか?」というムードに世間はなるだろうしね。そうなったら、協会は余計に判断を下せなくなる。

中山:W杯で本気で勝つことを考えたら、かつての韓国やオーストラリアがヒディンク監督(※)を本番前に招聘して結果を出したように、日本も本大会まで1年とか 1年半というときが来るまで大金をとっておいて、そこでドーンと使って世界的な名将を呼んでくればいい。それまでの3年間は、1年ずつ日本人監督を順番に 起用していく感じでもいいんじゃないかな。

※オランダ人の指導者フース・ヒディンク。欧州各国のクラブやオランダ代表 などの指揮を執って、数々の輝かしい実績を残してきた。2002年日韓共催W杯では、本番1年半前に韓国代表監督に就任しチームをベスト4に導いた。 2006年ドイツW杯では、本番1年前からオーストラリア代表を率いて決勝トーナメント進出を果たした。

浅田:でも、日本の場合は、監督の教えによって選手が成長していき、みんなが一丸となって段階的にチーム作りを進めていく中で、W杯で結果が出ましたっていうス トーリーを欲しているような気がする。最後の1年でパパッとチームを作って、ベスト8進出みたいなことをあまり望んでいないっていうか......。

杉山:それは、代表チームに対する認識がおかしいんだよ。日本は年間を通して結構合宿をやったりしているけど、本来代表って、試合の3日前くらいに集まって、 パッと試合をやるもの。つまり、代表監督はセクレターなんだよ。そのときどきでいい選手をピックアップして、試合で結果を出せばいい。それなのに、日本で は代表監督が選手を育てる、みたいな風潮になっている。代表に選ばれた選手がクラブに戻って活躍したりすると、代表監督がまるで"恩師"かのように語られ る。それって、おかしいでしょ? どう見ても、選手を育てているのは、クラブなのにね。

―― いずれにしても、W杯後から次のW杯までの4年間を、ひとりの監督に任せてしまっている日本の"慣習"に問題があるのは間違いないようですね。

浅田:最近は、W杯が終わって、その半年後にアジアカップがあるから、早く新しい監督を決めないと、っていう状況になっているけど、それもおかしな話。時間がな いって言うのなら、W杯で指揮を執ってもらった監督にアジアカップまでやってもらうという発想があってもいい。結局、W杯が終わったら監督は代えるものな んだ、という"慣習"に日本は引きずられてしまっている。

杉山:やはり監督の契約を含めて"4年間の時 間の使い方"というのは、真剣に考えていかなければいけないこと。そのためにも、まずは今の"慣習"は崩さないといけないだろうね。成功しているわけじゃ ないんだから。いろいろな方法を試して、失敗したらまた別の方法を試せばいい。そこから見えてくるものが必ずあるはず。

●日本代表にはなかったサッカーの「本質」

―― さて、ここまではコンディショニングやチーム作りなど、ピッチ外のことを話してきましたが、次はピッチ内に話題を移したいと思います。ブラジルW杯における日本代表の戦いぶりを見て、率直にどんなことを感じましたか。

中山:細かいことを挙げたらいろいろとあるけれども、何より戦闘能力っていうか、サッカーをするうえでの本能的な部分に物足りなさを感じた。

浅田:戦闘能力というのは、いわゆるファイティングスピリッツみたいなこと?

中山:そうした気持ちの面もあるけど、例えば4バックでラインを作って守るといっても、状況によってはラインを崩してでも、誰かがボールを持った敵を潰しに行か ないとやられてしまう場面がある。その場合、本能的に"そこ"に行けないといけない。でも、日本の選手は「危ない」と思っても動けなかった。サッカーって 原理原則があるから、それは頭でわかっていないといけないんだけど、その前にやるべきことがあるでしょ、ってこと。ボールを奪われたら奪い返すって、頭で 考えてやることではないんですよ。

浅田:それは、小さいころからサッカーが「遊び」じゃなくて「習い事」になってしまっていることの影響かもしれないね。遊びの中で本能的にボールを追いかけるんじゃなくて、「はい、ここでパスを出したら、ここでサポートしましょう」って、教えられて動いている感じだから。

中山:サッカーというのは、やっぱり格闘技的な要素がいっぱいあるし、1対1での勝負強さとか、ここ一番で体を投げ出せるとか、今大会ではそういうことの重要性 がひと際高まっていた。それでも、接触プレイを避けて、スマートに戦うのが「日本人らしさ」なんて言うんだったら、もはや日本だけが違うスポーツをやって いる感じで、世界では勝てない。

杉山:"戦う"ということに関して、今回の日本代表は明らかに足りなかった。ちょっと酷かったよね。独自のサッカーに走り過ぎ。サッカーの解釈を誤っていたと思う。

浅田:大会後、「自分たちのサッカー」っていう言葉が茶化されるようなところがあったけど、要は軸となる拠(よ)りどころがないから、みんなのプレイがバラバラでチームがひとつになっていなかった。そういうところも、いわゆる本能的な部分が見えにくくなった原因だろうね。

中山:「自 分たちのサッカー」って、ザッケローニ監督の言葉を借りれば、「主導権を握る」とか「攻撃的に」といったことになるんでしょうけど、そんなのスタイルでも 何でもない。主導権を握れるかどうかは相手との力関係次第だし、それが「自分たちのサッカー」って言われてもよく理解できない。だからこそ、いかにピッチ で起こっていることに、どう対応していくかが重要だったと思うんですけどね。

浅田:とりわけ今大会は、チリとかメキシコとかコスタリカとか、気迫のようなものが前面にグイグイ出ているチームががんばったから、余計に日本の戦いぶりには物足りなさを感じたよね。

杉山:情けないプレイが多くて、本当に腹が立ったよ。一応、僕だって日本を応援しながら見ているからさ、ボールを奪われた瞬間に「ああ」なんて、天を仰いでいる姿を見ると、「バカ野郎、そんな暇があるなら(ボールを)追え!」って思うわけ。

中山:結局、日本は技術、戦術に走り過ぎてしまって、何か大事なモノを置き忘れてしまっているような気がした。それがないと、いくらいい戦術を持っていても勝てないんですけどね。ブラジル大会では、それがよりクローズアップされた大会だったんで。

杉山:以前の日本には、泥臭い部分もあったんだけどね。

中山:1993年の「ドーハの悲劇」の頃や、Jリーグが開幕した頃なんて、そうでしたよね。今の選手のほうが技術的に上なんでしょうけど、あの頃の選手には勝利への執着心があるというか、熱気がすごかったんですよ。あれこそ"戦い"。それが、どうして今は......。

杉山:すごく淡白なプレイヤーが増えてきたよね。みんな、淡々としているというか。

浅田:でも僕は、そういった精神論みたいな部分ばかりをフォーカスし過ぎるのはよくないと思っているんですよ。結局、技術的なミスが起きるからボールを失って、 追わなきゃいけない状況になって、(見ている側は)「追えよ!」って、怒りたくなるわけでしょ。要するに、根本的な原因は何かっていったら、技術的なミス があまりにも多かったこと。

杉山:あと、戦術的なミスも多かったよ。

浅田:そう。「取られ方が悪い」っていう表現があるけど、まさに悪い取られ方が山ほどあった。だから、もっとそういうところをフォーカスすべきじゃないか、と思 うわけ。今は、あまりにも「戦う気持ちが足りなかった」とか、「コスタリカの選手はあんなに一生懸命やっていたのに」といった話題が先行し過ぎているよう に感じる。ちょっと飛躍し過ぎかもしれないけど、そうした傾向が強まると「根性から叩き直してやる」みたいな、体罰やしごきの肯定にまでつながりかねな い。

杉山:それは、バランスの問題だよ。どこから話を始めるか、と言ったら、浅田くんが言うようなサッ カー的なところから入っていかなきゃいけない。だけど、じゃあサッカー的なものは何かって言ったら、中山くんが言うようなことも含まれる。それらすべてを ひっくるめて考えた場合、やっぱり気迫とか一生懸命さっていう部分が日本には足りなかった。それが、すごく目立っていた。なぜかと言ったら、選手たちの頭 の中でサッカーが整理されていなかったからだと思う。日本の選手だって、闘争心はあったと思うんだけど、あと一歩足を踏み出すことが、いいのか、悪いの か、判断し切れなかったというか、そこに確信が持てなかったんじゃないかな。理屈がしっかり頭に入っていれば、行くべきところには、しっかりと行けたはず だから。

中山:でもやっぱり、僕は、そこは理屈じゃないと思うんですよね。ボールを奪われたら、悔しい から取りにいく。それって、まさに本能でしょ。それがあって、技術や戦術があるのが、アルゼンチンであり、コロンビアだった。「日本らしいサッカー」と 言って、戦術や技術にばかりとらわれていてはいけないと思います。その前に身につけなければいけないことがある。それが、ブラジルW杯の激しい戦いを見 て、一番に感じたこと。日本ももう少し考え方を変えないと、本当にいつまで経っても世界では通用しないと思いますよ。

(つづく)

text by sportiva