『藍のエチュード』里見 蘭 中央公論新社

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 遠目に見るだけなら剣道はかっこいい。胴着と袴をきりりと着け、すっと背筋を伸ばして竹刀を構える姿にぐっときたとしても何ら不思議はない。しかし、剣道のアイテムは臭う。私自身は息子たちが中学で剣道部に入ったことがきっかけで興味を持つようになったのだが、初めて夏場の試合会場に足を踏み入れたとき、その異臭にたじろいだことは忘れられない。セーラー服が実情としては決して美しくないのと同じである。

 本書の舞台は東京藝術大学の剣道部。現部長で生真面目な日本画専攻三年・壮介、お嬢様育ちでプロのヴァイオリニストを目指している弦楽専攻二年・綾佳、姉御肌で就活中のデザイン科四年・里奈の3人の視点で、物語は進む。剣道に打ち込む彼らの前に現れたのが、油画専攻三年の唯だ。

 まったくの初心者である自分が約半年で初段をとれるよう協力しろというのが唯の言い分。それが、剣道部OBで世界的な美術商となっている飴井との契約の条件なのだと。突然やってきて自分本位に振る舞う唯と、礼節や部内の和を重んじる壮介は、当然反発し合う。それでも粘り強く稽古に臨むことで、唯と周囲の意識にも少しずつ変化が生まれる。口のきき方もぞんざいで人を寄せ付けなかった彼女が、剣道に向き合い部員たちと接する中でいかに成長していったか、また壮介をはじめとする周囲の人間もどのように変わったか...。

 藝大と剣道。どちらも知ってはいるがあまりなじみがない存在ではないだろうか。少なくとも"東京六大学と野球"とか"東洋大と箱根駅伝"とかにくらべると、メジャー感には欠ける。顧問の黒澤先生曰く、「藝大入って剣道しようなんてやつのほうが天然記念物」だそうだ。しかしもちろん、スポーツに励み恋愛や進路に苦悩するのは、藝大生でも一般大学の学生でもほとんど変わりはない(本書の登場人物たちの恋愛事情や家族関係など、けっこうなドロドロぶりである)。

 著者の里見蘭氏については、『さよなら、ベイビー』(新潮文庫)のイメージが強かったためにミステリー作家と思い込んでいたのだが、マンガ『ドラゴン桜』のノベライズなども手がけられているとのこと。本書もド直球の青春小説。ちなみに剣道三段だそう。

 題名の「藍」とは、胴着や袴の色を指しているのだろう。潔さや凜々しさを象徴する色だと思う。というわけで、冒頭の発言を訂正させていただく。見た目だけでなく、剣道はかっこいい。多少臭っても。

(松井ゆかり)