『ゴーストマン 時限紙幣』ロジャー・ホッブズ 文藝春秋

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『ゴーストマン 時限紙幣』(文藝春秋)は当年とって26歳のアメリカ作家、ロジャー・ホッブズのデビュー作である。まだカレッジ在学中にこれを書き、老舗文芸出版社Knopfのベテラン編集者ゲイリー・フィスケットジョンに激賞されたという。フィスケットジョンの担当している作家は村上春樹(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)、コーマック・マッカーシー(『ブラッド・メリディアン』)、ブレット・イーストン・エリス(『アメリカン・サイコ』)などなど。2013年に刊行されるや、英国推理作家協会(CWA)のイアン・フレミング・スチール・ダガーを受賞した。これは優れたスリラーに贈られるもので、過去にはスティーヴ・ハミルトン『解錠師』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、トム・ロブ・スミス『チャイルド44』などに授賞されている。ここまでに5つ作品名を挙げたが、1つでも引っかかるものがあった人は必読、とまず書いておこう。

 よし。犯罪小説ファンのツボを押すために、あえて端的な書き方をする。

 一読して連想したのはリチャード・スターク〈悪党パーカー〉シリーズだ。タイトルで言うと、『逃亡の顔』と『汚れた7人』である。それでビビッときた人間は、すぐ読むべし。

 なに? わからない? そうか。

〈悪党パーカー〉というのは1960年代からスタークが書き続けた犯罪小説で、パーカーという以外に名前がわからない(第2作『逃亡の顔』で成形して顔も変えた)プロの犯罪者が、強奪計画を立て、仲間を集めてそれを遂行するという犯罪のプロセスだけを克明に描いた作品である。ジム・ブラウン主演で映画にもなった『汚れた7人』は、獲物を独り占めしようとする仲間との死闘が描かれる。「奪う」だけではなくて「逃げ切る」ところまでを描いているのも〈悪党パーカー〉の魅力なのだ。逃げ切るからシリーズになる。悪人が世に栄えるのだ。

『ゴーストマン 時限紙幣』のタイトルの由来は、主人公の〈私〉の犯罪者としての性格から来ている。〈私〉の仕事は、銀行強盗が姿を消すのを手伝うこと。当然、彼自身はいくつもの外見、人格を使い分け、決して自分の印象を残さずに立ち去ることができる。ゆえに「ゴースト」なのだ。その他にも逃走車のホイール(ハンドル)を握る「ホイールマン」、金庫を破壊する「ボックスマン」、荒事が得意な「ボタンマン(兵隊)」などと魅力的な呼び名の犯罪者たちが登場する。自分の得意分野でプロに徹するこの感じ、ますます〈悪党パーカー〉だ!

 他の作品の要素もちょっと入っている。「ゴーストマン」は幾度も整形手術を受けて顔を変えているのだが、絶対に捕まえられないような工夫をいくつも凝らしている。名前がないのもその一つだし(これも通称しかわからない〈悪党パーカー〉と同じ、自分につながる電話なども転送を繰り返して決して所在がわからないようにしている。このマニアックなほどの用心深さ、誰かに似てないだろうか。そう、アンドリュー・ヴァクスが生み出したアウトローの私立探偵バークである。『ブルー・ベル』(ハヤカワ・ミステリ文庫)にわくわくしたみなさん、寄ってらっしゃい。あのヒリヒリした感じもここにあるよ。

 お話は、〈私〉が犯罪組織の大物に依頼され、計画に背いて強盗した金を持ち逃げした男を追うように命じられるところから始まる。その金が「時限紙幣」なのだが、これが何かは読んでのお楽しみ。あとはこの小説がスリラーとしていかに優れているかを説明して終わる。

 一つ目は、時限装置の関係から、これが48時間のタイムリミット・サスペンスになっている点だ。ハリウッドの脚本術では極力話を48時間以内に収めるように指導するというが、その基本に忠実というところである。つまり物語が引き締まっている。

 二つ目は、そんなに用心深い〈私〉が事件に巻き込まれている理由が、過去に犯した失態の尻拭いであるということだ。つまり彼は現在進行中のものと過去のものと、二つの事件のかたをつけなければならないのである。この複層性は本家の〈悪党パーカー〉にはないものだ。おっと、今本家とか書いてしまったが、翻訳者あとがきによれば作者が犯罪小説作家を志したきっかけはロバート・クレイス『モンキーズ・レインコート』(新潮文庫)を読んだことだとか。もちろんクレイスのファンにもお薦めだ。スターク、ヴァクス、クレイスって、つまりすべての犯罪小説ファンが読むべきということじゃんか!

(杉江松恋)