■ウクライナ軍によるプーチン暗殺未遂?

マレーシア航空機が7月17日、ウクライナ東部ドネツクで撃墜された事件。日本では、ウクライナからの独立を目指し、ロシアの支援を受ける親ロシア派による誤爆というのが定説だ。

しかし、世界的な定説かというと、実はそうでもない。ロシアでは、ほぼ全国民が親ロシア派がやったとは思っていない。何と、欧米寄りのウクライナ軍がやった! というのだ。

「ウクライナ軍説」は、7月22日付毎日新聞にも掲載されている。

<ロシア国防省は21日、マレーシア航空機撃墜事件について会見し、スホイ25攻撃機とみられるウクライナ空軍機が撃墜当時、マレーシア機に3〜5キロまで接近して飛行していたと発表した>

<またウクライナ軍が当日に東部ドネツク州で地対空ミサイルシステムを稼働していたとも指摘。断定は避けつつも、撃墜にウクライナ軍が関与しているとの見方を示した>

中国でもそうした報道が見られる。7月18日付新華ニュースは、ロシア国営メディア「ロシア・トゥデイ」の報道を引用して、こんな記事を掲載している。

<撃墜されたマレーシア航空機がプーチン大統領専用機と同じ航空路を飛行 プーチン大統領が襲撃目標か>

<(消息筋は)「マレーシア航空機はモスクワ現地時間午後3時44分に、プーチン大統領専用機は午後4時21分にそこを通った」と語り、「2機の外観、カラーなどがほとんど同じで、2機の区分けをするのは難しい」と付け加えた>

要するに、「ウクライナ軍によるプーチン暗殺未遂だ!」というのだ。

日本人にはトンデモ話に聞こえるが、中ロの示す根拠は3つある。

■誰が得し、誰が損したのか?

第一に、なぜウクライナ政府は、戦闘地域への民間機の飛行を許可していたのか、だ。

ドネツクでは、親ロシア派がしばしばウクライナ軍の軍用機を撃墜していた。なのにウクライナ政府は、マレーシア航空機や他の民間機がこの地域を飛ぶことを許可していた。これは、いずれ親ロシア派が民間機を誤爆することを期待していたからではないか? というわけだ。

この場合、撃墜したのは親ロシア派だが、そこに誘導したのがウクライナ政府ということになる。ロシアではもっと進んで、「親ロシア派の犯行に見せかけるためにウクライナ軍が撃墜した」と報道されている。

次に、誰が得をしたのか? だ。これは最もわかりやすい“真犯人捜し”だが、今回のそれは米国とウクライナだといえる。米国はロシアの孤立化に成功し、ウクライナは親ロシア派を「民間人を殺す悪の権化」にすることができた。無論、損をしたのは親ロシア派と、ますます世界で孤立したロシアである。

三番目に、強力な証拠が出てこないことだ。オバマ大統領は、事件が起きると即座に、「親ロシア派がやった『強力な証拠』がある!」と宣言した。しかし、いまだに万民が納得できる「強力な」証拠は公開されていない。ロシア国防省は逆に、「証拠があるのなら出してみろ!」と米国側に噛みついている。

ちなみに筆者は、親ロシア派誤爆説を支持しているが、これらの根拠への答えはない。いずれにせよ、国際調査委員会の報告が待たれる。

それにしても、同じ事件なのになぜ、地域によってこうも違う報道がなされるのか。

日本人の大半は、マスコミはおおむね事実を報道すると信じているが、実は、そうではない。政治的意図は少なくない頻度で事実より優先される。今回の場合、米国の政治的意図は、「クリミアを併合し、米国に逆らうプーチン・ロシアを国際社会で孤立させること」。たとえウクライナ軍が撃墜したとしても、ロシアがやった! と主張する可能性が高い。

ロシアの政治的意図は、逆に「孤立を防ぐこと」。だから、親ロシア派が撃墜したとしてもウクライナ軍がやった! と主張する可能性が強い。中国はロシアの原油・天然ガスと最新兵器を必要としているから、とりあえずロシアを支持する。

外国から流されてくる情報は、いつも真実とは限らない。各国政府の意向に沿った政治的プロパガンダの場合もあるのだ。

(国際関係アナリスト 北野幸伯)