寅さんとイエス

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帰宅してテレビをつけたら、リチャード・ギア扮する寅さんがトランクを抱えて歩いていた。オレンジジュースのTVCMだ。18年前の8月4日、俳優・渥美清が亡くなって、映画『男はつらいよ』シリーズの幕は閉じたが、こうしてリバイバルされ、関連本も出続けている。名言集やロケ地ガイドも味わい深いが、ちょっと違った角度から寅さんをとらえてみよう。

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どちらも自由なフーテン暮らし

寅さんとイエス

寅さんが「求めよ、さらば与えられん」なんて言ったら、「何をえらそうに冗談言ってやがるんだ!」とヤジが飛びそうだ。ところが、車寅次郎とイエス・キリストは似ている、そう大真面目に主張するカトリック神父がいる。筑摩書房の『寅さんとイエス』(著・米田彰男、1836円)は、映画と聖書を比べながら、弱者への愛やフーテン人生など、2人の共通点をあげる。これまでの研究から、イエスは堅物ではなくユーモアの才があったとする説が浮上している。非常識な言動で周りの人を笑わせるが、本当は寅さんが正しくて、世の中が間違っているんじゃないかと、ふと冷静に考えさせられる。そんな場面が、イエスの時代にもあったとしたら。「私、生まれ育ちもナザレです。馬小屋で産湯をつかい…」と、流れる口上で聴衆を集める姿を想像すると、聖なる存在もぐっと身近に思えてくる。

寅さんがやってる それ以外はよく知らない謎のお仕事

テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る

『男はつらいよ』は、渥美が少年時代に見たテキヤの話を山田洋次監督にしたのがきっかけで生まれたそうだ。テキヤは、祭りの空間に焼け焦げたソースの匂いや発電機の轟音を運んでくるおなじみの存在だが、どこに住んでいて、祭りのない日は何をしているのか、考えてみると謎の多い人々である。光文社から出ている『テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る』(著・厚香苗、821円)は、今まで明かされてこなかったテキヤの実態について記録した一冊。世襲制かと思いきや、血縁のない親分子分関係で成り立つ。同業者にしか通じない専門用語が口頭伝承されてきた。気になるヤクザとの関係は? こうした事実に、寅さんの人物像を重ね合わせると、映画がさらに面白く、また夏祭りの見方も変わるだろう。

221句に寅次郎の姿がちらほら

風天 渥美清のうた

映画を見ていると、寅さんはそのまま渥美清だったのではないか、そんな錯覚にとらわれる。渥美は役のイメージを壊さないよう、私生活を徹底して公にしなかった。だが、隠されると知りたくなるのが、人間の心理。俳優のミステリアスな頭の中がちょっと垣間見えるかもしれない、そんな期待を抱かせるのが、文藝春秋の『風天 渥美清のうた』(著・森英介、648円)だ。元毎日新聞記者が、渥美が生前に詠んだ221句の作品を発掘し、紹介している。専門誌で高浜虚子の句に並び紹介された「お遍路が一列に行く虹の中」という代表句はもちろん美しいが、「股ぐらに巻き込む布団眠れぬ夜」という何とも人間臭い句も残す。半世紀以上、一つの役を演じ続けた男の句、やっぱり寅さんの姿が脳裏に浮かぶ。俳号は「風天」だ。