サッダーム・フセインが栄華を誇った時代:イラクディナール(当時の紙幣)と腕時計【撮影/安田匡範】

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チュニジア、エジプト、リビアと革命が続く中東。今でも毎日のように、テロや紛争のニュース が絶えません。なぜ中東では革命や政変がこんなに起こるのでしょうか。今回と次回の2回にわたって、サッダーム・フセイン政権崩壊以降のイラクの問題点を、中東研究家の尚子先生がわかりやすく説明します。

 先月、「イラクとシャームのイスラム国」(以後、ISIS)という過激派がモースル(イラク北部にある石油産地)を陥落させ、首都バグダッドに迫っているというニュースが伝えられました。

 2003年にサッダーム・フセイン政権が、米軍を中心とした連合軍による攻撃によって崩壊してから、すでに10年以上が経過しています。ところが、その後もイラクといえば、「テロ」と「戦闘」のニュースばかりが伝えられ、ずっと戦闘が続いているという印象があります。

 イラクではいったい何が起きていて、誰と誰が、そして何のために戦っているのでしょうか? 今回と次回の2回に分けて、ISISに焦点をあてつつ、イラクの戦後について解説してみたいと思います。今回はまずISISの成り立ちと歴史を紐解いてみます。

今年に入ってふたたび「内戦状態」に

 政情不安定な地域において、社会の安定度を測る指標をご存知ですか? 指標としてあまり気持ちよく利用できるものではないのですが、民間人の死亡者数によって安定度が測られています。死者数がおおよそ年間1000名を超えると、「内戦」と呼ばれる状態に陥っていると考えられています。

 イラクの場合、2003年以降の死亡者数は、戦争直後を除くと2005年後半から2008年までが年間1000名を超えており、この指標を用いると「内戦状態」に陥っていると考えられます。けれども、2008年以降は500名前後と落ち着いた状態にありました。これは2007年に米軍が駐留する兵士の数を倍増させ、治安維持を最優先させた結果でもありました。その米軍は2011年12月にイラクから完全撤退しました。

 その後、死者数はじわじわと上昇しつつありましたが、あまり大きな変化はありませんでした。ところが、今年に入ってISISの活動が活発化し、おそらくまた「内戦状態」に近い死者数になっているといわれています。

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