第101回ツール・ド・フランスはイタリアのビンチェンツォ・ニーバリが初優勝を果たした。イタリア勢の優勝は1998年のマルコ・パンターニ以来となり、10勝目。2位を7分以上離しての圧勝は1997年のヤン・ウルリッヒ(ドイツ)以来だ。

 大会は例年よりも悪天候にたたられ、濡れた路面や視界の悪さで有力選手に不運が降りかかった。前年の覇者、イギリスのクリストファー・フルームが第5ステージの途中に2度にわたって落車。じつはその前日に手首の骨にヒビが入る大ケガを負い、テーピングで固めて強硬出場していたが、完全に骨折してしまい、痛みに耐えられずリタイアした。

 第10ステージでは、優勝候補のひとり、スペインのアルベルト・コンタドール(2007、2009ツール・ド・フランス優勝)が落車。右足を骨折したが、救急ドクターが止血して、一度は自転車に乗って走り始めた。その後、はるか前方を行く先頭集団にコンタドールが復帰できるよう、チームメートが風よけをしながら引き戻そうとしたが、あまりの痛みに断念。最後は頑張ってくれたチームメートと肩を抱き合い、自転車を降りてチームカーに乗り込んだ。

 29歳のニーバリは、フルーム、コンタドールとともに3強と言われていた。ただしフルームとコンタドールに不運がなかったら、ニーバリは勝てていなかったのか?と考えると、そうではないだろう。アルプスやピレネーで脱落することなく、終始冷静な走りに徹して逃げ切れるニーバリの実力は、ずば抜けていた。ふたりのライバルがいたとしても、これほどまでの独走でなかったにせよ、競り勝って優勝を飾っていたのではないだろうか。

 ニーバリのニックネームは「メッシーナのサメ」。地中海に浮かぶシチリア島の、最もイタリア半島に近い町、メッシーナに生まれた。ツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリア(以下ジロ)、ブエルタ・ア・エスパーニャ(以下ブエルタ)に12回出場して全完走という安定感を誇る。2010ブエルタ総合優勝、2013ジロ総合優勝、そして今回のツール・ド・フランスで、グランツール3大大会をすべて制した史上6人目の選手となった。

 ずっとイタリアのチームで走っていたニーバリは、イタリアの若手育成システムによって才能を開花させた。そして、2013年にはカザフスタンのアスタナに移籍。アスタナはもともと、カザフスタン自転車競技連盟の会長も務めるアフメトフ首相が、自国の英雄アレクサンドル・ビノクロフをツール・ド・フランスで総合優勝させるために結成したチームだ。そのチームへの移籍が、彼がさらにレベルアップしていくきっかけとなった。

 2012年のロンドン五輪を制したビノクロフは、ツールでは優勝をつかめないまま引退。そのまま監督としてアスタナに残り、ツール制覇の悲願を達成するためにニーバリが抜てきされたのだ。そして今回、その期待にニーバリは応えてみせた。メッシーナ海峡で育まれた情熱に、カザフスタンの用意周到な戦略が加わって、23日間をどう戦えば頂点に立てるかが計算し尽されていたといえる。

 各チームのシーズン戦略は、ジロとブエルタに参戦するパターンと、ツールに照準を合わせるパターンがあるが、今季のアスタナは、ジロをパスしてツールに乗り込んできていた。ニーバリの地元・イタリアでのジロ連覇を捨てたのである。2年前のツール・ド・フランスでは、ウィギンスとフルームという英国勢にしてやられただけに、その雪辱のための準備は万端だった。

 第2ステージでアタックしたのは「即興だった」と言いながら、「今日はカザフスタンの記念日で、そんな日に勝てたのだから、この栄冠はチームに捧げたい」とニーバリは言ってのけた。

 そんなエースを支えるアシストは鉄壁の布陣だった。同じイタリアのミケーレ・スカルポーニは2011ジロの総合優勝者。デンマークのヤコブ・フグルサングは他チームならエース格。ニーバリがひとたびマイヨジョーヌを獲得すると、他の8選手は総合成績を逆転されないようにライバルたちのアタックをつぶすため、ニーバリの位置する集団を引きまくった。ほとんどすべての選手の逃げに対して、アスタナはつぶしにかかる作戦で、それは今大会を通して徹底していた。

「アスタナのアシスト陣が先頭に出ると、スピードが速くて集団から抜け出すことなどできなくなる」。日本人として唯一今回のツール・ド・フランスに参戦した新城幸也(あらしろ・ゆきや)も証言している。

 そして7月27日、ニーバリがマイヨジョーヌを着用して、パリ・シャンゼリゼに凱旋した。

「グランツールのすべての栄冠を手に入れることができた今、もちろんこれからもグランツールを活動の中心にしていくけれど、世界選手権も勝ってみたい」

 次なるターゲットは9月28日にスペインで開催される世界選手権。メッシーナのサメはどこまでも貪欲だ。

山口和幸●取材・文 text by Yamaguchi Kazuyuki