中国でも非常に関心度の高い集団自衛権。さらに、若者たちの政治への無関心も気にかかると、「香港フェニックステレビ」の李・ミャオ氏は指摘する

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7月1日に閣議決定された集団的自衛権の行使容認。国内でも反対の声が相次いだが、海外ではどう注目され、どんな影響を及ぼすのか? 日本に駐在する各国特派員の声に耳を傾けると、この国のゆがんだ姿が浮かび上がってくる――まず、日本の隣国である中国・韓国のジャーナリストに聞いた。

■「北東アジアで日本が確実に孤立していくことを自覚すべき」

まずは、中国「香港フェニックステレビ」東京支局長の李(リ)・ミャオ氏だ。

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香港フェニックステレビは全世界のチャイニーズ系視聴者に向けて放送していますが、中国国内でも約1億4000万人が見ています。

閣議決定された7月1日は朝から速報特集を放送し、さらに夜のゴールデンタイムでもトップニュースの扱いでした。その前日に官邸前で行なわれたデモでは、私自身もデモ隊の中に入って中継をしました。中国人にとっても非常に関心度の高い問題といえます。

では、中国国内ではどのような反応が起きているのか。まず、安倍首相の説明が曖昧(あいまい)です。閣議決定後の記者会見で首相は「日本が他国の戦争に巻き込まれることはない」と繰り返しましたが、私は中継のための同時通訳をしていて、耳を疑いました。個別的自衛権の範囲を超えて第三国に対して武力を行使するのが集団的自衛権なのに、どうして他国の戦争に巻き込まれることはないと言えるのか?

閣議決定では「密接な関係にある国が武力攻撃を受け、日本の存立が脅かされた場合」というのが行使のポイントとして挙げられていますが、具体的にどのような形で日本の武力が行使されるのか見えてきません。

そのため、中国人にとってはかつての戦争の記憶がよみがえり、「日本がまた暴力を振るうのか」というイメージが先行する。「日本が憲法9条を変えるための第一歩」というのが、中国の受け止め方です。

憲法9条の内容は、中国から見ても評価できるものです。確かに、それとは矛盾する自衛隊は存在する。私個人は「どこの国も、自分たちの国を守るための戦力を持つ権利がある」という考えですが、憲法と矛盾する自衛隊をどうするか決めるのは日本人の責任です。

ただ、この憲法9条があるから日本の軍備増強に歯止めがかかり、戦後69年間の平和があった。そして、今回の閣議決定でかつての戦争で被害を受けた中国や韓国を刺激し、北東アジアの中で日本が確実に孤立していくことは自覚しておく必要があるでしょう。

日本という民主主義国家で、どうして憲法9条を骨抜きにするような“解釈改憲”が行なわれたのでしょうか。やはり、与党が衆議院では圧倒的多数、参議院でも安定多数を占め、間近に国政選挙がないという状況があると思います。今回の閣議決定で支持率が下がったとしても、それは次の選挙までに対処可能と考えたのでしょう。

そして、若者たちの政治への無関心が気になります。閣議決定に反対するため官邸前に集まったデモ隊は、昼間は50代〜60代の人たちがほとんどでした。夜になって若い人が増えたけど、それでも30代〜40代が中心。中継を見た中国の視聴者から「どうして年寄りばかりなんだ?」という問い合わせがあったほどです。

中国人には「武力行使となれば、戦場に駆り出されるのは若者たち」という認識がある。日本の若者たちは「戦争は自衛隊に任せておけばいい」と考えているのでしょうか?

■「韓国には“解釈改憲”という言葉すら存在しない」

そして、次は韓国「ソウル新聞」の東京支局長・黄性淇(ファン・ソンギ)氏。黄氏も李氏と同じく、憲法9条を高く評価している。

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韓国メディアとしては、逆に日本の人たちに聞きたいですね。今回の閣議決定に続く「次のステップ」は何か?と。

もちろん、閣議決定の背後にはアメリカからの要求もあったでしょう。しかし、日本の戦後69年間の平和はアメリカにとってもメリットがあったはずです。また、明治維新以降の近代日本の歴史を見ても、69年もの間、戦争で国民の血を流さずに済んだことはなかった。「なのに、なぜ今?」という思いです。

韓国の国民感情としては、今回の決定は日本による植民地支配の時代の記憶を呼び起こすものです。一方で韓国政府、特に国防部は、本音では日本の集団的自衛権行使に賛成しているように思います。やはり、朝鮮半島における有事の際に日本が米軍の支援をしてくれれば、韓国としても心強いからでしょう。しかし国民感情に配慮して、そのことを表明できずにいるのが現状です。

日本の憲法9条に対しては、韓国の国民も高く評価しています。尊敬に値するといってもいい。「アメリカに押しつけられた憲法」という言い方もされますが、実際にそれを守ってきたのは日本人の意思だと思います。

では、自衛隊はどうか? 確かに憲法9条と矛盾します。しかし、世界を見ても軍隊を持たない国はない。侵略戦争を目的とせず、あくまでも自衛を目的とした自衛隊が存在することに対しては、韓国の国民もそれほど強い反感は抱いていません。「自衛隊もなくせ」という要求は、日本に対して度を越えたものだという考えです。

ただし、朝鮮半島での有事の際に自衛隊が韓国の領内に入ることは、国民感情としては絶対に受け入れられないものだと思います。

今年5月31日にシンガポールで日・韓・米の防衛相会談が行なわれたとき、小野寺五典(いつのり)防衛大臣と韓国の金寛鎮(キムグァンジン)国防相との間で「朝鮮有事で日本が集団的自衛権を行使する際、韓国の同意がなければ、韓国の作戦区域には入らない」という合意がなされたと聞いています。

5月31日というのは今回の閣議決定の少し前ですから、それを見越した根回しが行なわれていたことになります。この「韓国の作戦区域」には北朝鮮も含まれる。つまり、日本は後方支援に徹するということです。

今回の閣議決定で、私は「ねじれ」という日本語を思い出しました。衆議院と参議院で多数を占める政党が異なるケースが「ねじれ国会」ですが、2013年の参院選で自民党が圧勝し、その状態は解消された。しかし、今の日本には政府と国民の民意の間に「ねじれ」が生じていると思います。

安倍内閣は“解釈改憲”を行ないましたが、そもそも韓国にはこのような言葉は存在しません。韓国には憲法裁判所があり、たとえ大統領の下での閣議決定であっても、合憲か違憲かを厳しく審査し、違憲と判断すれば撤回を命じる。日本でも最高裁が違憲審査を行ないますが、あまり機能しているとは思えませんね。

(取材・文/田中茂朗 取材協力/川喜田 研)