集団的自衛権の行使が閣議決定で容認され、リベラルなメディアは「立憲主義を破壊する暴挙」と大々的に報じていますが、国民の大半は無関心で、首相官邸を取り囲むデモの熱気も福島第一原発事故を受けた反原発運動のピーク時とは比べ物になりません。

 盛り上がりに欠ける理由のひとつは、反対派の理屈がわかりにくいからでしょう。

 安倍政権を批判するひとたちの主張は、大きくふたつに分けられます。

(1)集団的自衛権の行使にも、解釈改憲にも反対する

(2)集団的自衛権の行使は容認するが、解釈改憲には反対する

 (1)は典型的な平和主義ですが、(2)は「憲法を改正して軍の存在と国家の自衛権を明記すべし」という立場ですから、“戦後民主主義”的な護憲リベラルとは真っ向から対立します。しかしそうなると反対派が分裂してしまうので、憲法改正の是非をあいまいにしたまま解釈改憲を批判するという戦術をとらざるをえません。しかしこれでは、誰がなにに反対しているのかがわからなくなってしまいます。

 さらにややこしいのは、平和主義のなかにもふたつの異なる立場があることです。

(3)国家に自衛の権利があるのは当然だから、自衛隊と個別自衛権は認める

(4)日本国憲法9条には「戦力を保持しない」と書かれているのだから、自衛隊は違憲である

 この両者も折り合うことはできませんから、反対派を結集するには個別自衛権をめぐる論争も封印しなくてはなりません。その結果、反対派の論理はますます空洞化してしまうのです。

 こうして「解釈改憲は憲法を破壊する」と声を張りあげることになるのですが、ここでもやっかいな問題が待ち構えています。

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