『こうして女性は強くなった。 家庭面の100年』(中央公論新社)

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「26歳の女性です。勤務先の上司からプロポーズされて結婚したものの、彼には田舎に妻子がいました」
「妻帯者の男です。知り合いに不幸な境遇の女性がいるのですが、幸い私は生活に余裕があるので、彼女を愛人として養いたいと思っています」
「18歳女子です。処女を奪われたため一生独身を覚悟しています。親からは縁談を勧められていますが断る方法を教えてください」

「発言小町」の釣りトピか?と思われた方もいるかもしれないが、これらの人生相談は「発言小町」や「Yahoo!知恵袋」などのネット掲示板に書き込まれたものではない。

 実はこれらの人生相談はすべて、大正時代に新聞に寄せられた悩み相談を今っぽい言い回しに筆者が書き換えたもの。『こうして女性は強くなった。 家庭面の100年』(読売新聞生活部・編/中央公論新社)によると、遡ることちょうど100年前、1914年(大正3年)に始まった読売新聞家庭面の「身の上相談」コーナーこそが、女性たちが自分の思いを社会に発表する最初の場になったのだという。現在の読売新聞が運営し、女性たちが日々論争を繰り広げる掲示板「発言小町」の、まさに直系の元祖だ。

「女は自分の意見を持ってはいけない」と考えられていた時代。読売新聞という大手のマスメディアを通じて、女性の関心事や女性を取り巻く事象が社会に発信されるのは、当時画期的なことだった。当事者にとっては切実、けれど無関係な人にとっては下世話な好奇心をそそられるトピックスの宝庫だった「身の上相談」が大人気だったというのも頷けるが、それ以外の記事も時代と世相がダイレクトに反映されていておもしろい。

 たとえば、昭和初期の人気連載「街頭をゆく女 批判レンズ」は今でいう「街角ファッションチェック」。日本人のファッションが和装から洋装へとシフトしていった過渡期ならではの一般人のちぐはぐファッションを、ドン小西ならぬメイ牛山を名乗る美容家(男性)がぶった斬っている。

 服装が変われば必然、メイクの方向性も変わってくる。それまでは、おしろい、眉墨、口紅をつけるくらいとシンプルだった日本女性の化粧法から、西洋人のような立体的な顔立ちを作るテクニックが強化される流れに。「明眸を誇張して欠点をゴマ化す」という大見出しと共にハリウッドで流行中の当時の最新テクが紹介されているのも新鮮だ。

 1935年(昭和10年)に掲載されたコンドームの広告も興味深い。夫の友人から贈られたコンドームを手に「どんな意味ですの」と無邪気に首をかしげる妻と、「僕だけ解ればいいよ」と微笑む夫。一見ほほえましい光景だが、当時の女性が避妊の知識を与えられなかったことがよくわかる一コマだ。「女は処女で結婚すべき」「貞操は命懸けで守るべきもの」という考えが根強かったこの時代、女性が避妊の知識を得るなど言語道断だったのだろう。

 これらのトピックス以外にも、本書では職業婦人としての生き方や育児スタイルの変化、婦人参政権獲得までの道のりなども紹介。「くらし家庭面」の100年の歩みは、か弱く従順だった「女」がいかにして「人間」になったのかという進化の過程ともいえるだろう。

 ちなみに、冒頭に挙げた「18歳女子」に対する歌人の窪田空穂(男性)の回答が素晴らしいので、最後に紹介しておこう。W杯で盛り上がる渋谷で痴漢が続出した件について、「そんなときに渋谷に行く女が悪い」と言っているバカ男にはぜひ読んでほしい。

「婦人が自意識が足りないためとか、または勇気が足りないためとかいうのではなく、男子が暴力をもって、婦人を蹂躙していることがわかります。(中略)記者は良縁があったら結婚される事を希望します。良縁というべき縁であったら、必ずその事は許されるべき事だろうと思います」
(阿部花恵)