“こころの病”というのは製薬会社がマーケティングによってつくりだしたものであり、“病のグローバル化”によって、「誰もがアメリカ人と同じように狂わなければならない」時代になったという話を書いた。

[参考記事]
●製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく-論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇

[参考記事]
●拒食症とPTSDから分かる、誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代

 今回は、日本でもいまでは“日常語”となった「(抑圧された記憶としての)トラウマ」について考えてみたい。

「トラウマ」がアメリカで流行した理由

 トラウマ(心的外傷)とは、幼児期の虐待のような“こころの傷”が長期(場合によっては何十年)の潜伏期間を経て、うつ病や自殺衝動、犯罪などの異常行動を引き起こすという精神医学の理論だ。

 心理的な衝撃がこころの不調の原因になるというのは、戦争や自然災害、交通事故などの被害者の後遺症PTSD(心的外傷後ストレス障害)として研究が進められてきた。しかしここでいうトラウマは、(まがりなりにも)科学的な枠組みのなかで議論されてきたPTSDとは異なる概念だ。

「トラウマ」という言葉を有名にしたのはアメリカの心理学者(執筆当時はハーバード大学医学部精神科臨床准教授)でラディカルなフェミニストでもあるジュディス・ハーマンの『心的外傷と回復』(みすず書房)だった。ハーマンはこの本で、幼少期のレイプなどの虐待が“抑圧された記憶”としてトラウマとなり、成人した後になっても多くの女性を苦しめているのだと論じた。

 この理論が世界じゅうで広く受け入れられたのは、その圧倒的なわかりやすさにある。

 幼い頃に父親によって繰り返し性的虐待を受け、こころに深い傷を負った。だが父親から、「このことをけっして口外してはならない」ときびしくいわれ(約束を破れば神の罰が下る、あるいは母親が不幸になる)、その記憶は深く抑圧されてしまった。だが“傷”はいつまでも生々しく残り、それがうずくたびに精神的な混乱に襲われ、やがて社会生活が破綻してしまう……。

 いうまでもなくこれは、「人間は性的欲望を無意識に抑圧している」というフロイトの精神分析理論の焼き直しだ。だからこそ、先進国のなかでは例外的に精神分析が大衆化しているアメリカで“トラウマ”は大流行した。

 フェミニストであるハーマンは、幼少期のトラウマによって自責や自殺願望に苦しめられている女性たちを救うためには、“抑圧された記憶”を回復させることが必要だと説いた(これもフロイト理論そのままだ)。そのために有効だとされたのが催眠療法やグループ療法で、こうした「記憶回復術」によって被害者は失われた記憶とともに“ほんとうの自分”を取り戻すのだ。

 ハーマンに主導されたトラウマ理論は、1980年代から90年代にかけてアメリカ社会に大混乱を引き起こした。記憶回復療法によって抑圧されたトラウマ体験を思い出した“被害者”が、“加害者”である親を訴えはじめたのだ。

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