イギリスGPが開催される週の木曜(7月3日)午後、トップチームのそれと比べれば決して広いとは言えないケータハムのモーターホームは、あっという間に世界中のジャーナリストで溢れんばかりの状態になった。

 わずか2日前に発表されたばかりの新たなチームオーナーやCEOの姿はまだ見えない。トニー・フェルナンデスが手放したこのチームの状況が今どうなっているのか、なんとかしてそれを聞き出そうと、ジャーナリストたちは小林可夢偉を取り囲んだ。

 彼らの関心のひとつは、多くの資金を持ち込んでいない可夢偉が、今後もこのレースシートを維持できるのか、それともチームを追われることになってしまうのかという点だった。

「僕はまだ生きてます! ここにいます!」

 可夢偉はおどけてそう言った。その表情に悲壮感はない。

 事実、イギリスGPへの出場はもう決まっていた。新経営陣には前日にファクトリーで対面し、簡単な挨拶を済ませていた。

 チームからの公式発表によれば、チームの株式を取得したのはスイスと中東の投資ファンドだというが、その実態は明らかにしないという。アドバイザーとして表に立つのはかつてスパイカーやHRTでチーム運営を任されていたコリン・コレスという男で、持ち込み資金と成績とを天秤にかけたドライバーの扱いではひと癖もふた癖もある人物として定評がある。

 そしてチームCEOには彼のチームで走っていた元F1ドライバーのクリスチャン・アルバースが就いたが、彼は名ばかりの存在だろうと言われている。

 チームの所有者が変わり、経営陣の顔ぶれは変わったが、実際にレースをする面々に変わりはない。チーム売却が決まる前から、チームスタッフたちはこれまでのレースと同じようにシルバーストンに入って設営を始め、これまでと同じようにレースに臨んでいる。

「チームの中身は何も変わってないんで、心配することはないです。僕としてもコース上で結果を残すだけやし、何も変わらないですよ。(前経営陣と交わした)契約書は一応生きているみたいなんで、まぁ大丈夫だと思います」

 チーム売却と聞けば、世間ではネガティブなこととして捉えられがちだ。

 しかし、ケータハムを譲り受けた人々は、このチームをなんとか改善させようとしている。惰性で戦い続けていたこれまでのオーナーとは違う。

 実は、今季の序盤戦を終えた時点で、ケータハムにはもう新たなパーツを製造する予算が残されていなかった。設計者たちはコンピュータ上で新たなパーツをデザインし、風洞実験も進めていた。しかし、それを形にする予算がなく、改良パーツが投入されず、性能が向上しないままのマシンで戦うことを余儀なくされていたのだ。

 新たなチームオーナーはランキング10位奪取を目標として、さらなる投資も厭(いと)わないとしている。であれば、今の苦境を脱することができるかもしれないのだ。

「(これまでは)アップデートするつもりで、風洞での作業をしてるんやけど、パーツを作るお金がないって言われたら、僕らとしたら『どうしたらええんや?』っていう感じですからね。だからまぁ、悪い方には行かないと思います。これからの様子を見ましょう」

 2週間前のオーストリアGPを迎える前にも、ケータハムが撤退するのではないかという噂が立った。しかしチームはこれを否定し、ツェルトベクのレッドブルリンクで戦った。

 ケータハムは、予算上の制約で、マシンを新しくすることはできないが、戦い方で何とかしようという努力もしていた。マシンセットアップの考え方をガラリと変え、活路を見出そうとしていたのだ。

「今まではトラクションがなかったんでクルマ(の脚回り)を柔らかくしていたんですけど、それを硬くしてどれだけ走れるかということを確認したら、意外と走れたんです。タイヤの温まりを考えれば、硬い方が良いんですね。石みたいなタイヤをビシバシ叩いて走った方が良い。つまり、トラクションの確保をあきらめてタイヤの温まりを良くしようという方向性に変えたんです」

 オーストリアGPのレッドブルリンクではそれがうまくいき、再びマルシア勢と戦えそうなところまで行けた。それよりも高速コーナーが多くタイヤに熱が入りやすいシルバーストンでなら、さらにうまくいく可能性は十分にあった。

 そして雨の予選で、ケータハムと可夢偉は雨量が最も少なくなった最高のタイミングでドライタイヤに換えてコースインをした。上位勢はもたついており、そのまま行けばQ2進出は間違いない。インターミディエイトでの最初のアタックを早々に切り上げた、可夢偉の好判断だった。

「最初にインターミディエイトで1周アタックして、クールダウンを1周挟んでからもう1発アタックする予定やったんです。でも1周アタックした時点で『スリック(溝なし)で行けるから』っていうて帰ってきたんですよ。僕自身の判断で。雨は若干降っていましたけどまだ(アタックに)行けるくらいで、僕が出て行ったのが最高のタイミングやったんです。だって、僕らより後にアタックしたマルシアがQ2進出ですからね」

 しかし、レースエンジニアからの無線で、可夢偉はピットへと呼び戻されることになってしまった。

 マシンのパワーが出ない。それはマシントラブルというよりもスタッフのミスと言うべき問題だった。

「僕らはうまく判断はできてたんですよ。それで美味しいところをつかみに行けてたのに、肝心なところでトラブルが出て......。ああいうときにちゃんとボーン!って行っていたらねぇ。一番オイシイとこを掴めそうやったのに。バカだなぁ、ホンマに......」

 結局、最速タイムの107%以内のタイムを記録することができなかったケータハムの2台は、温情措置で最後列グリッドから決勝に出場することを許されるという扱いになった。

 しかし、スタートしてすぐに可夢偉の目の前でキミ・ライコネン(フェラーリ)が大クラッシュを演じ、痛んだガードレール補修のためレースは1時間にわたって赤旗中断。

 可夢偉はあわやというところで巻き添えを逃れたが、飛んでくるライコネンのマシンをどうやって回避したのか、自分でも分からないほどの一瞬の出来事だった。

「ライコネンがひとりで飛び出て戻ってくるのが見えて、それがすごい勢いで飛んできたし、すごいパーツも飛んでるし。どっちに避けたらいいか分からなくて、絶対当たったと思いましたよ。どうやって避けたんか、いまだにわからへんもん(笑)」

 リプレイ映像を見返して、可夢偉はあらためて「よう避けたな!」と自分で感心していた。そのくらい、可夢偉は動物的な勘と瞬時の判断能力に優れているのだ。可夢偉の背後を走っていたフェリペ・マッサ(ウイリアムズ)は避けきれずにクラッシュしている。

 しかし可夢偉のマシンも無傷では済まなかった。

 飛散していたパーツでノーズやボディカウルがヒビ割れ、荒れた芝生の上を高速で走ったことでフロアにもダメージを負っていたようだ。本来出るはずのダウンフォース量が出ず、高速コーナーの連続するシルバーストンで戦えるような状態ではなかった。

「ひとりで『遅っそいな?!』って思いながら走ってましたよ(苦笑)。遅いしひとりで走ってるし誰とも戦ってないし、僕にとっては一番面白くなかったレースでしたね」

 レースがしたい。それが可夢偉の偽らざる気持ちだ。今季、ケータハムで苦しい戦いになることが分かっていながらもF1に舞い戻ることを決心したのは、なによりもF1という舞台でレースがしたかったからだ。

 ひとまず、今週のドイツGPは可夢偉がレースドライバーとして変わらずレースに臨むことが決まっている。しかしそれ以降、可夢偉のシートがどうなるかはまだ誰にも分からない。

 結果が残せるのなら、このチームに必要な人材だと言えるなら、走り続けることができる。そのためには、新たなオーナーが目指すランキング10位を獲得することが必要になるだろう。

「ここからは1戦ごとが勝負。シビれますね!」

 2009年にトヨタでF1デビューのチャンスが与えられたとき、可夢偉は自分に後がないことを承知のうえで、思いっきり楽しんで戦い、結果を出し、その後のザウバー起用へとつなげた。

「いや、あの時以上にシビれるでしょ! あの時はちょっと頑張ればポイントが獲れて良いところに行けるかもっていうクルマやったけど、このクルマじゃどんだけ頑張ってもポイントなんて獲れないしね」

 だが、新オーナーもそんなことは百も承知だ。だからこそマシンの改良を視野に入れている。そうしたプロセスの中で、可夢偉がチームリーダーとしてその責務を果たせるかどうかの勝負だ。

「みなさんが寝坊しないでいつもどおり(ドイツGPに)来てくれたら、僕はホッケンハイム(サーキット)で待ってますよ」

 崖っぷちで、心ゆくまで楽しむつもりで臨んだ今シーズンの始まりが、再びやって来ただけのこと。可夢偉はきっと、追い込まれれば追い込まれるほどに楽しみ、本領を発揮してくれることだろう。可夢偉の不敵な笑みが、それを物語っていた。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki