女性が本当に物事を変えたいなら――ある“女傑”政治家の壮絶
 官民を問わず女性を役員や管理職に積極的に登用する動きが世界的に広まっています。しかしそれが経済成長戦略の一環であることが包み隠すことなく喧伝されている現状を思うと、その掛け声が一体どこから出てきているのか考えざるを得ません。

 たとえば政府が立ち上げた『輝く女性応援会議』といった言語感覚に一抹の不安をおぼえるのは、うがちすぎなのでしょうか。「女性の力を活用する」、そう言うときの視点が他ならぬ男のものなのではないか。

◆シビアな交渉でカツラを脱いで笑いを取ったモー・モーラム

 そんな現状の対極から、女性が真に権力に近づくためにはどうすべきか語った人がいました。

 イギリス労働党の政治家、モー・モーラム(1949−2005)。脳腫瘍に侵されながらも、ブレア政権下で北アイルランド担当大臣としてイギリス-アイルランド間の和平合意(グッド・フライデー合意)締結に多大な貢献を果たし、“女傑”と呼ばれるほどの存在でした。

 その人気は本国では絶大なもので、ジュリー・ウォルターズ主演で伝記ドラマが制作されるほど。日本のLa La TVで放映されたこともあるので、観た人もいるかもしれません。

 その彼女が回想録『Momentum』の中でこう語っているのです。

「女性だけの省庁ができれば、それは素敵なショーウインドーの飾りつけにはなるだろうし、女性の士気を高められるかもしれない。けれどもそれで権力が女性にとって身近なものになるわけではない。

もし女性が本当に物事を変えたいと思うならば、男を取り込むことが重要」。

 一歩間違えれば自らの命を落としかねないような状況で、激しく対立するカトリックとプロテスタント双方の話に耳を傾け和平交渉をまとめあげた人の語る言葉は、大変シンプルかつ重たいものです。

 それでも彼女はいかなるときもユーモアを忘れなかったといいます。放射線治療を受けたため髪の毛を失った彼女はカツラをかぶっていました。すると難航していた交渉の場でムードを一変させ進展を促すために、そのカツラを取って出席者を大笑いさせたというのです。

 しかしそのユーモアは、女性にとってあまりにも悲しく身を切るようなものではなかったでしょうか。北アイルランド担当大臣という職責に求められる成果と引き換えに、「女性の命」とも言われる髪の毛を差し出さざるを得ないほどに追い込まれていたのではないか。

 “女傑”と呼ばれ、言うことを聞かない男性議員にはFワードはおろか、「頭突きをくらわせてやる」とすごんだほどの彼女ですが、この行動はそれとはいささか趣が異なるように思います。

 髪の毛を失うこと。男性である筆者にはそれがどれだけ重大なことであるか、やはり分かりません。しかし「分からない」こともまた大事である。

◆「健常者は障害者のことなど分からなくて結構」

 それを曲にしたのが、モー・モーラムが愛するロックミュージシャンのイアン・デューリー(1942-2000)でした。ソウル、ファンクからレゲエ、スカまでを呑みこみ、雑多でありながらシャープなパブロックを生んだ偉人です。

 彼もまた7歳のときに小児麻痺を患い、その後遺症から左半身の自由を奪われていました。そのデューリーに障害者団体から「障害者を勇気づける曲を作ってほしい」とのオファーが舞い込みます。そして彼が作ったのが「Spasticus Autisticus」(身体は麻痺して自閉症)という曲。

⇒【YouTube】Ian Dury & The Blockheads 「Spasticus Autisticus」 http://youtu.be/6isXNVdguI8

 しかしデューリーは表面上の応援でお茶を濁すことはしませんでした。

So place your hard-earned peanuts in my tin

And thank the Creator you’re not in the state I’m in

(ほんの小銭でいいから 恵んでくれやしないか

そんで俺みたいじゃなくてよかったと神様に感謝することだ)

 そう言って、健常者は障害者のことなど分からなくて結構、と歌います。発売当初、なぜか放送禁止となったこの曲ですが、30年余りの時を経てロンドンパラリンピックの開会式で採用されました。音楽に合わせて激しく踊る障害者の姿に心打たれた人もいることでしょう。そしてこれもまたモーラム女史が示したユーモアの形に共通するところがあるように感じます。

 2000年3月27日に亡くなったイアン・デューリーの葬儀にも参列したモー・モーラムは、その後BBCの人気音楽番組「Later…with Jools Holland」を観覧しました。ロビー・ウィリアムスとブロックヘッズによる演奏が終わり、司会のジュールズ・ホランドからマイクを向けられた彼女は、デューリーの思い出とともに最も好きな曲だという「You’re My Inspiration」の詞を暗誦して、その死を悼みました。

⇒【YouTube】Ian Dury & The Music Students 「(You’re My) Inspiration」 http://youtu.be/r2rxUJMon10

「You’re my inspiration, my reason and my rhyme

From the first impression until the end of time

I’m telling you I love you, what else can I say?

‘Cause you’re my inspiration in every single way」

 それは女性らしいロマンチックな一面が凝縮されたワンシーンだったように思います。

⇒【YouTube】Elton John 「Belfast」 http://youtu.be/zeFpvZJcJn8

(ベルファストは、イギリス-アイルランドの和平合意が結ばれた北アイルランドの都市)

<TEXT/石黒隆之 PHOTO/David Fowler>