キャバクラで働く派手好きな母に育てられ、自らの名前「大穴」と書いてダイアナと呼ぶ、俗に言うドキュンネーム(キラキラネーム)に悩むダイアナ。裕福な家庭に育ちみんなの羨望の的でありながらも、そんなダイアナに憧れる彩子。

 一見全く異なった家庭環境に身を置くダイアナと彩子ですが、小学生の時、出会うべくして出会い、お互いにそれぞれの家庭や生き方に憧れ、それから共通の趣味である読書を通して絆が深まっていきます。ストーリーは彼女たち二人の視点から交互に描かれ、時に交錯しながら進んでいきます。

 親友であったダイアナと彩子でしたが、小学校の卒業式前の些細なすれ違いがきっかけとなり、直接の関わりを絶ってしまっていました。そしてお互い気にかけながらも関わりを避ける月日の中で、二人の少女はそれぞれ自分の置かれた環境に悩みます。女子校で中学・高校を送り、男の子とも遊ばず真面目に日々を過ごす彩子は、共学へ行ったダイアナを少し羨ましく感じながらこう思いを巡らせます。

「親を困らせたり、誰かを傷つけたりしたいわけではない。でも、大人が眉をひそめるような悪いことをほんの少しだけこの体に取り込みたい。ホットミルクに一滴だけラム酒をたらすとたまらなく美味しくなるように、毒とされるエッセンスを『いい子』の人生に溶け込ませて魅力ある女になりたい。漠然としたイメージだが、夜遊びやお酒、恋愛がそれを教えてくれる気がする」

 思春期の、精神と肉体の調和がとれない葛藤や、友情や恋愛。自らの家庭環境、社会への適応に苦悩しながらも、自分自身で乗り越え、子どもから少女へ、そして大人へと走り続けていく彼女たちの姿は、切なくも美しいものがあります。二人は成長するに従って、かつては見えていなかった親の思いや生きていくことの大変さをも知るのです。
 
 誰でも自分の持っていないものに惹かれ、本の中のヒロインのような人生に憧れるけれど、理想と違い現実は良いものではなく、かと言って捨てたものでもないということ。そして、傷つきながらも自分を受け止めて生きていくしかないという強いメッセージと共に、ダイアナと彩子が悩んだ時、何歳になってもいつも傍にあり、助けとなってくれる本の存在が語られます。

 かつては良さを理解できなかった本を前に、自らが成長することで、その本当の魅力に気付いたダイアナは心の中で強く思うのです。

「優れた少女小説は大人になって読み返しても、やっぱり面白いのだ。(中略)あの頃は共感できなかった心情が手にとるようにわかったり、気にも留めなかった脇役が俄然魅力を持って輝き出すこともある。新しい発見を得ることができるのと同時に、自らの成長に気づかされるのだ」

 本書も多くの優れた少女小説のように、大人になったからこそ身に染みる少女小説となっています。