観光客で賑わうエジプト・ルクソールのカルナック神殿。2010年12月撮影。(Photo:©Alt Invest Com)

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チュニジア、エジプト、リビアと革命が続く中東。今でも毎日のように、テロや紛争のニュースが絶えません。なぜ中東では革命や政変がこんなに起こるのでしょうか。「アラブの春」に成功したかに見えたエジプトが、今なお混乱の最中にあるのはなぜなのか。今回はムスリム同胞団の動きを中心に、中東研究家の尚子先生がわかりやすく説明します。

 前回紹介したように、アラブの抵抗運動の際に重要な役割を果たしていたのは、モスク(イスラム教の寺院)のネットワークをいかした、ムスリム同胞団に代表されるイスラム系の活動団体でした。

 ムスリム同胞団は1928年、イギリスの植民地下にあったエジプトで、植民地からの独立とイスラム文化の復興を目指して、ハサン・アル・バンナーによって結成されました。現在では、政治的活動から教育、医療、福祉分野を中心に広く社会奉仕活動をしています。国家が福祉サービスを提供できないような貧困層をも支援しているために、農村部や都市の貧困層や中間層からの支持が集まっているといわれています。

 ムスリム同胞団に政党活動が認められるようになったのは、2011年の今回の革命以降で、それまでは非合法とされていました。設立当初、同胞団はナセル(首相及び大統領在任期間:1954〜1970年)と協力して、植民地政府に対抗し、独立を標榜して政治的活動を行ないました。けれども、革命成功後、イスラム主義を掲げるムスリム同胞団は、共産主義を標榜していたナセルと袂を分かち、ナセルの暗殺を計画したために、徹底的に弾圧されます。

 次のサダト政権(1970〜1981年)で、関係は改善されたものの、同胞団の政治的活動は非合法とされたままでした。そのため、ムスリム同胞団系の政治家は、選挙の際には「無所属」として立候補を余儀なくされていました。それでも2005年の選挙では、無所属のイスラム系議員が議会の約20%を占めるほどの勢力となっていました。

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