市民ランナー・中島彩の「続・東京マラソンへの道」

 みなさん、こんにちわ! 『走るフリーアナウンサー』の中島彩です。先週末、私は、「24時間グリーンチャリティリレーマラソンin東京ゆめのしま」の24時間個人の部に参加してきました! 24時間の耐久レースで、1周1.3キロのコースを何周できるかというものです。というわけで、今回のテーマは、「RUN×24時間マラソン」です。今大会の目標は、「眠らないこと!」「走り続けること!」「あきらめないこと!」。市民ランナー中島彩、一世一代の勝負に出た走りをぜひ読んでみてください!

☆未知の世界へスタート。しかし思わぬハプニング!

 午後1時、東京都江東区の「夢の島陸上競技場」に意気揚々とやってきた私は、晴天の中、スタートを切りました。リレーの部には100チーム(1チーム10人強)を超えるエントリーがあったのですが、個人の部は300人足らず。その中でも女性は、30人もいませんでした。

 スタートしたときの気温は33度。前半はあまり飛ばし過ぎないようにペースを抑えて走りました。2〜3時間走っても、まだ20時間以上あるのですから、無理は禁物です。そして夕方になると、待ちに待った配給タイム(笑)。ミートソースのパスタが配給されましたが、私はみたらし団子やタコ焼きなども食べて、夜の走りに備えました。そして日が暮れてくると、ランナーの数がぐっと減ってきます。というのも、この大会は休憩テントで寝たり、競技場を抜けてコンビニに行ったりしてもいいのです。大事なのは、「24時間走ること」。ただ、私は、「寝ないで走り続ける!」と決めていたので、できるだけ足を止めずに周回を重ねました。

 そして開始から11時間が過ぎた深夜0時。いよいよ、2日目に突入です。身体には徐々に疲労が溜まり始めました。過去に14時間連続で走ったことのある私ですが、それから先は未知の世界です。まったく想像ができないので、まずは栄養を摂ろうと配給されたカップうどんを食べることに......。お腹がすいていた私は汁まで飲み干して、すぐに走り出したのです。

 これが、失敗でした。それから数十分後、急に胃のあたりが気持ち悪くなってきたのです。「急いで食べ過ぎたかな?」と思った瞬間、たまらず嘔吐してしまいました。どうやら、日中の暑い状況で身体を酷使したため、内臓にも負担がかかっていたようです。さすがに私は初めてコース上で足を止め、すぐさま休憩テントに戻りました。その後も吐き気は収まらず、私はテントとトイレを何度も往復。脱水症状に似たような体調になり、身体も冷えてきました。そして、何度目かのトイレの往復の最中、私は道の途中でばったり倒れてしまったのです......。

 そのとき、その現場を見ていた女性ランナーの方が、私を助けてくれました。そして一緒にテントに戻ると、いろんな女性ランナーの方が「大丈夫?」「この漢方薬を飲んでみて!」「栄養ドリンクあるよ!」と、みなさん総出で看護してくださったのです。愛情あふれる言葉の数々をいただき、少しずつ元気になってきました。「ここで終わるわけにはいかない」。そう思った私は、再び雨の中を走り始めようとしました。すると、「このレインウェアは温かいから使って!」と、テントにいた女性ランナーが貸してくれたのです。さすがに私の涙腺は、限界を迎えました。夜明け前の真っ暗なコースを、私は号泣しながら走ったのです。

☆ひとりで走っていても感じたチームとしての一体感

 そして、開始から16時間。夜明けとともに吐き気は収まりましたが、今度は下痢になりました。1周1.3キロを走るたびにトイレへ......。ゴールを目指しているのか、トイレを目指しているのか、分からなくなってきました(笑)。

 朝の配給は、お味噌汁とおにぎり。弱り切った私の身体は固体の食べ物を受けつけず、お味噌汁だけいただきました。そして段々と太陽が昇り、寝ていたランナーも起き出してくると、コース上は再び賑わいを見せ始めました。その時点で、スタートして18時間(朝7時)。こんなにも長く一緒に走っていると、他のランナーとも仲良くなり、声を掛け合うようになってきました。「中島さん、ずっと頑張っているよね!」と、嬉しい言葉をかけてもらえると、個人レースなのにチームとしての一体感が芽生えてきたのです。この瞬間、走っていて本当に良かったと改めて思いました。

 そしてゴールの午後1時まで、あと数十分――。私は、いろんなことを思い出していました。私が本格的にランニングを始めたのは、名古屋の放送局時代。名古屋ウィメンズマラソン2012を完走するための番組で、なかば強制的に取り組んだことがキッカケでした。私は走ることが不得意で、いつも息を切らしながら練習を積み重ねました。そして、なんとか半年間の練習の末にフルマラソンを完走し、その達成感が忘れられなかった私は、東京でフリーアナウンサーとなってからもランニングライフを続けるようになったのです。

 TBSオールスター感謝祭で走ったり、グルメマラソンに出たり、海外マラソンを体験したり、55歳の母とともにフルマラソンを走破したり......。ランニングの魅力にハマって3年、市民ランナーとしての思い出の多さに、改めて驚きました。

 そして、いよいよ午後1時。私は計79周を走り、ゴールを迎えました。たくさんのランナーの方に祝福してもらった私は、その場で号泣しました。苦しいこともいっぱいありましたが、あきらめなければ必ずゴールが来る。そのことを実感しました。ただ、夜中に倒れてしまったとき、周囲のランナーの助けがなければ、リタイアしていたかもしれません。「走る」という行為はひとりでも、市民マラソンはみんなとともに達成するものだと思いました。「ひとりじゃないんだ」。今は、これまで出会ったすべての方への感謝の気持ちでいっぱいです。

 実はこの24時間マラソンの挑戦で、「続・中島彩の東京マラソンへの道」は最終回となります。そもそも走ることが得意でない私にとって、ランニングは楽しくなければ続けられないものでした。だから連載を始めてから1年半、私なりにランニングが楽しくなるような方法をいろいろ書いてみました。少しでも読者の方のお役に立っていたのなら幸いです。

 憧れの舞台だった東京マラソンを2度も完走できたのは、私の大切な思い出です。もちろん、私はこれからも走り続けます。そしてこの夏から、私は新たな挑戦をしようと決意をしました。それは、トライアスロンです! 少しは走れるようになりましたが、水泳や自転車は未知の世界。不安もたくさんあります。でも、ランニングを始めたころの初心に戻って、先輩方にアドバイスをもらいながら、ゆっくりと前に進んでいければと思っています。

 これからも私は、皇居で、駒沢公園で、そしていろんな大会で走り続けます。食いしん坊なので、夏はアイス、冬は焼き芋などを食べながら走っているかもしれませんが、私を見かけたらぜひ声をかけてくださいね!

 長い間、この連載をご愛読いただき、誠にありがとうございました。

 それでは、また!
 LET'S RUN WITH ME!!

 今日までの練習の様子は、ブログをチェックしてください!→中島彩オフィシャルブログ「走ろう!彩と。」

【profile】
中島彩(なかじま・あや)
1987年8月1日生まれ、大阪府寝屋川市出身。慶應義塾大学法学部卒。元東海テレビ報道スポーツ局。現在はキャスト・プラス所属のフリーアナウンサー、タレント。身長158センチ。趣味はマラソンの他に、政治研究。TBS系列「オールスター感謝祭13春」出演。テレビ神奈川「ハマナビ」リポーター。週刊プレイボーイ(集英社)の電子写真集「ケータイ週プレBook」より、初のグラビア写真集『あぶない女子アナ』が絶賛発売中!

中島彩●文 text by Nakajima Aya