『御子柴くんの甘味と捜査 (中公文庫)』若竹 七海 中央公論新社

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 こういうのを本当の「コージー(快い)」なミステリーというのである。

 と、最初に結論を書いてしまおう。若竹七海『御子柴くんの甘味と捜査』は中公文庫オリジナルの短篇集だ。五つの短篇が収録されており、「哀愁のくるみ餅事件」「根こそぎの酒饅頭事件」などと、タイトルにすべて甘味の名前が記されている。となれば、事件の捜査と甘味がどう結びつくのか、が本書の第一の関心となるだろう。

 主人公・御子柴進は、長野県警に籍を置く警察官だ。しかし現在、彼の席は東京の警視庁内にある。これにはちょっとしたいきさつがあった。

 御子柴はもともと東京都調布市の出身である。だが大学で山岳部に入り、その魅力にはまった結果、警察で山岳遭難救助隊に入りたいと思うようになったのである。試しに長野県警の試験を受けたら、合格した。見事に思い通りのところに就職した御子柴は、山岳遭難救助隊入りこそ叶わなかったものの、刑事課に所属することになり、伸び伸びと県警暮らしを満喫していた。すっかり信州人として当地に骨を埋める気になっていたところに意外な辞令を受けてしまったのである。

 警視庁捜査共助課への出向だ。捜査共助課とは都道府県の境を越えて捜査協力をしなければならない事件の調整を行う部署で、各県警から人員を派遣するシステムができている。東京出身ということで、御子柴が見事に選ばれてしまったのである。

 もちろん、これも仕事であるから、しなければならない業務は淡々とこなすだけだ。しかし納得のいかないことがある。県警内でなぜか「東京のおつかいを頼むなら御子柴に」という共通認識がまかりとおってしまったらしく、顔も見たことがない相手から突然頼まれごとをしてしまうようになったのである。それも、

「次に長野に来るときには、小川軒のレイズンウィッチを買ってきてくれ。御茶ノ水のでも代官山のでもいいが、できれば新橋のを頼む」

「どうせ新幹線に乗るんだから、東京駅でSuicaペンギンの印傳小銭入れを探してきてくれ、娘が欲しがっているんだ」

 というような、どう見ても公私混同、そしてすこぶる面倒くさい頼まれごとばかりだ。しかも捜査一課の主任刑事・モヤシこと玉森剛は大の甘党で、御子柴に長野産の甘味をたかろうと虎視眈々と狙っている。ただでさえ居候で肩身の狭い御子柴は、おかげでますます気の休まらない日々を送ることになるのであった。

 各話はこのように、御子柴の穏やかならない日常場面から幕を開ける。彼のついてなさを愛でるだけでも小説として十分におもしろいのだが、御子柴に共感しつつページをめくっているうちに読者が謎解きの渦中へと自然に足を踏み入れてしまう工夫がされている。たとえば「不審なプリン事件」では、7年間も逃げ回っている殺人事件の犯人が娘の結婚式が行われる軽井沢に現れるのではないか、ということで玉森と御子柴が足を運ぶことになる。モヤシとのコンビは初めからぎくしゃくしているのだが、さらに珍客たちが頻繁に顔を出すという事情もあり、現場はさらに混乱していくのである。また「忘れじの信州味噌ピッツァ事件」には、とある事件関係者の過去が判明していくたびに人物像が不可解になっていく、という趣向がある。エラリイ・クイーンの某長篇を思わせる設定なので、謎解きファンの興味をおおいに引きそうである。

 混迷を極めた事件はいったんしかるべきところに着地するのだが、その裏に隠されている「かもしれない」意味を見出す人物が登場する。小林警部補というのがその名である。ご記憶の読者も多いだろう。若竹が1996年に発表した『プレゼント』(中公文庫)で重要な役割を務めた警察官である。実は御子柴も、あの作品の登場人物の一人だったのだ。印象深いキャラクターであったために編集者の依頼で再登場が決まった、とあとがきにある。

 際立った個性を持つキャラクターとそれを利用した繰り返しのギャグ、さらに「甘味」というアイテムを用いた雰囲気の醸成。『御子柴くんの甘味と捜査』は、そんな形で入念に舞台がこしらえられている。その上で癖のあるゲストたちが、入り組んだ人間関係のドラマを繰り広げるのである。楽しく読んでいるうちに自然と謎解きに没入していけるよう、物語は設計されている。初めにも書いたが、これこそ「コージー」な謎解きミステリーなのである。渋いお茶と甘味を準備して読んでください。

(杉江松恋)