鎧を脱いだ本田「新たな物差しを探さなくては…」

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 コロンビア戦の大敗から一夜。ベースキャンプ地のイトゥに戻ったFW本田圭佑(ミラン)は、4年間にわたって発していた張り詰めた空気を脱ぎ去り、どこか放心したような口調で戦いを振り返った。

「(昨夜は)いろんなことを考えた。やはり一番考えて辛かったのは、4年間正しいと思って貫いてきたことを、結果として否定せざるを得なくなったこと」

 今まで見せたことのなかった弱気な表情があった。ブラジルでの3試合で示された現実はそれほどに重く、痛みを伴うものだった。だからこそ、素直に受け入れられる。

「負けて、内容でも自分たちの納得のいく試合ができなかった以上は、時間をかけて自分自身の物差しづくりを一からやり直さないといけない。オランダ時代に一度だけ今回と似たような状況があったけど、そのとき以上の精神的改革、目標の改革、物差しの改革が必要になるのではないか」

 オランダ時代とは、08年1月から09年末までVVVに在籍していた時期を指す。星稜高時代、名古屋時代に「パスの美学」を追求していた本田が、「ゴールの力学」へと哲学を転換したタイミングだ。

 当時の本田は「日本人だから髪は黒いままにする」と言っていたが、オランダに行ってからは髪を金色に染めもした。ビッグマウスを貫きながら北京五輪で惨敗し、オランダという異文化でもまれることで得た「物差し」だった。

 オランダで手にした物差しは、その後、10年南アフリカW杯でのベスト16という成果と不完全燃焼的な思いをきっかけに「個の力の伸長」という課題を見い出す道具になっていった。同時に代表チーム内で中心的な立場を得た本田はその哲学を仲間へと広め、「世界一」という目標を掲げるインフルエンサーとなり、チームを牽引してきた。

 その結果の、1分け2敗。突き付けられた現実は生やさしいものではない。しかも、「普通の3試合ではない。大きなものを懸けて挑んだので、かかる負荷は大きかった」。本田は3試合ですべてのエネルギーを使い尽くしていた。

 この3試合で足りなかったものは明白だ。ちょうど1年前、W杯予選突破を決めた翌日の会見で、ともにひな壇に並んだ仲間たちにあえて公の場で訴えた「個の力」だ。ザックジャパンのメンバーは高い意識で個の力を磨いてきたはずだが、それでもやはり足りなかった。

 コートジボワール戦もコロンビア戦も、途中出場でピッチに立った「強烈な個」の前に屈した。ドログバ、そしてハメス・ロドリゲス。彼らは存在するだけで日本選手を萎縮させた。日本人がそこまで行くのは容易ではない。今までと違う発想で個を磨かなければいけないのかもしれない。

 ブラジルW杯は厳しい現実を味わい、重い課題を突き付けられる大会だった。しかし、本田には目標を変えるつもりは毛頭ない。

「世界一はあきらめられない。世界一のための作業が過去4年間違っていたのなら、正解はなにか。それをもう一度、一から見つけたい」

 今はしばし鎧を脱ぎ、時間をかけて新たなアプローチ方法を見つけ出していくときだ。本田の新たな4年間は、彼が「大好き」という逆境からスタートする。