2012年以降、法改正へ向けて着実に歩みを進めていたかに見えた、風営法のクラブ規制緩和をめぐる動きが、ここへきて突如失速した。その裏には“ダンス”を取り巻く人々の、相いれない思惑がうずまいていた。

風営法のクラブ規制緩和には、クラブ関係者のみならず、超党派の国会議員が「ダンス文化推進議員連盟(以下、ダンス議連)」を発足させ法改正案の策定に乗り出し、安倍首相直轄の規制改革会議も検討議題に加えていた。

しかし、6月に入ってこの動きがストップ。改正案の提出は秋以降に見送りとなった。なぜか? 法改正に取り組んでいた齋藤貴弘弁護士がこう話す。

「風営法をめぐって、クラブ、ダンス関連団体、国会議員、警察の思惑が複雑に絡み合う対立構造がここへきて大きく露呈し、法改正の流れを止めてしまいました」

その“対立構造”とは何か。まず第一に、クラブ営業者同士の“仲間割れ”ともいえる構図が挙げられる。大阪・難波にあるクラブの店長A氏が打ち明ける。

「ひと口にクラブといっても、音楽好きが集まる“音箱”と呼ばれる店から、ナンパ目的の男女が集う“チャラ箱”もある。さらにその中に風営法の許可を取っている店、無許可営業をしている店が混在します。また許可店でも、早朝までの営業を常態化させている違法店もあります。音箱はチャラ箱を見下し、チャラ箱はそもそもクラブを文化的な場所としてとらえていないなど、感情的な対立があり、足並みがそろいません」

とはいえ、クラブ事業者が集まった業界団体も存在する。そのうちのひとつが、東京都内の二十数店舗の許可店が加盟する日本ナイトクラブ協会だ。しかし、クラブメディア関係者のB氏が明かす。

「この団体は主に繁華街で営業する資本力のあるクラブ事業者の集合体です。フロア面積が広い“チャラ箱”が多いですね。本来、クラブ全体の利益に資するはずの業界団体なのですが、結果的にダンス議連の足を引っ張っている印象です」

どういうことなのか?

「ダンス議連は当初、クラブやダンス教室を一括して風営法の規制対象から除外することを目指していましたが、これに協会が注文をつけた。彼らはすでに現行法の下で許可を受けているので、営業時間の延長さえ認められるなら『クラブは風俗営業のままでも構わない』というスタンスです。

もし風営法からクラブが除外されると、音楽業界やファッション業界などの巨大資本が新規参入し、売り上げが激減する恐れもある。そこで彼らは、風俗営業と同程度の制限は残しつつ営業時間の延長を求めるという、限定的な規制緩和をダンス議連に要請しています。公的に認められた当事者団体である以上、議連側も耳を貸さざるを得ませんでした」(B氏)

日本ナイトクラブ協会を横目に、現行法の立地規制に違反している“音箱”や面積要件を満たしていない“小箱”はどう動いていたのか?

「合法エリアに出店できるほどの資本がないので、警察からお目こぼしを受けながら、そこでグレーな営業を行なうしかないのが現状です。本音は立地要件や面積要件を緩和して堂々と許可営業ができるようにしてほしいけど、そんな声を上げたら、警察に目をつけられて摘発されかねない。粛々と管轄署の警官と良好な関係を築くしかありません」(B氏)

そして、ダンス議連による改正案の一本化を難しくしている勢力が、クラブの外にも存在する。社交ダンス教師団体「全日本ダンス協会連合会(以下、全ダ連)」がそのひとつだ。

社交ダンスは1998年に風営法の一部適用除外を受けており、全ダ連は国家公安委員会の指定下にある。先日、幹部が全国紙のインタビューで「ダンスはちっとも健全じゃない。男女が組んで踊る以上、常に何か起こる危険がある」などと発言したことがネットを中心に注目を集めた。

実はこの全ダ連も、議連に規制緩和を食い止める働きかけを行なっていたという。その思惑をダンス業界関係者C氏が代弁する。

「全ダ連は全国にある社交ダンス教室の講師に認定を与える団体。この認定講師が不在のまま、教室を運営すると風営法の規制の対象となります。そうした法規制の下、全ダ連は認定講習料や検定料を主な収益源としている。要は風営法が“飯の種”というわけですね。しかしダンス議連による改正案は、ダンス教室の営業を風俗営業から外そうとしている。『それでは商売が成り立たなくなる』と、全ダ連はダンスのいかがわしい部分を強調し、議連に改正反対のロビー活動を行なっていたのです」

法改正案提出見送りの裏には、こうした“対立と仲間割れ”があったのだ。

(取材/興山英雄)

■週刊プレイボーイ27号「クラブに行かない人でもわかる なんで『ダンス』でそんなにモメてるんですか?」より