川崎宗則【写真:Getty Images】

マウンドとの距離を寿司屋のカウンターにたとえる“ムネリン節”

 何とも応援したくなる選手である。ブルージェイズの川崎宗則内野手(33)が今月17日(日本時間18日)に3Aバファローからメジャーに昇格した。抜擢された試合は敵地・ニューヨークでのヤンキース戦。しかも先発は日本で5年間戦ってきた田中将大だった。試合前から気合は十分。クラブハウスに張り出されたスタメン表には「8番・セカンド」で名前があった。

「うれしいな。今日はマー君が投げるのは全米が知っている。そこで先発ですから。(じっくりと)見たいと思います。カウンターの席で。僕はカウンターに立てる。唯一、『包丁さばき』を見られる。あ、いやいや、マウンドさばきを間近で見て……」

 マウンドとバッターボックスの18・44メートルの距離を寿司屋のカウンターにたとえるムネリン節が炸裂した。何せ、田中がメジャー移籍後、初めて打席に立つ日本人選手になったのだ。日本中が注目するヤンキースのルーキーのボールを一番近くで、最も早く体感した日本人選手となった。野球人として、純粋に楽しみたいという川崎の思いがあふれ出た。

 川崎が披露した田中の“攻略法”は意外なものだった。「ももクロ(人気アイドルグループ・ももいろクローバーZ)がマー君は好きだから。それが狙いですね。(試合前にももクロの曲が流れると聞き)マー君の気持ちになって、それを聞いて一緒に乗りたいです」とユーモアたっぷりに話した。

 田中がホームゲームでマウンドに立つ時、ももクロの「My Dear Fellow」という曲が大音量で流れる。他のメジャーリーガーが「何、この曲?」となる中で、同じ日本人である川崎はこの曲で乗っていこうという作戦だった。

 しかし、結果は田中の前に3打数ノーヒット。2三振と惨敗だった。「今日はマー君をコテンパンにやっつけてやろうと思って、試合に行ったんですけど、ボコボコにやられてしまいました。返り討ちにされた」と試合後は完敗を認めた。

川崎が田中との対戦前に立てた作戦

 試合前に立てた作戦はどうだったかというと……。

「あの、ももクロの曲が新曲だったんです。それは知らなかったです。ももクロの前の曲しか知らなくて。新曲だったことが敗因だったと本気で考えてます。あんな新曲を出したなんて。知らなかった。やられた。乗れなかった」

 乗ろうと思って耳を澄ましたが、聞こえてきたのは知らない曲。乗るにも乗れず、ただ聞き入るだけに終わってしまったのだった。川崎が発したこれらのまるで本気のようなジョークを聞けば、その明るさが分かっていただけるだろう。

 一方で、その目で見届けたピッチングにおいては、田中の成長を感じた部分もあった。

「マー君は1年目から知っている。彼が高卒でルーキーの時から7年。今年のマー君が一番いいなと思います。毎年良くなっていくけど、2014年田中将大バージョンはまたすごいなと。毎年、良くなっている。あんなピッチャー見たことないですね」

 田中の1年目、川崎は14打数7安打と5割も打った。しかし、マリナーズに移籍する前年の2011年は16打数2安打で1割2分5厘だった。この日はそこからさらに成長していることを実感した。

「2011年の時も良い投手だったけど、それ以上にコントロールが良くなっている。タイミングの取り方がうまい。アメリカのピッチャーとは大きく違うところです。投げるタイミングにためがある」と分析し、力任せにならない、打者との駆け引きのうまさに脱帽。進化した田中の凄みを打席で感じ取ったのだった。

 ただ、川崎も2三振を喫してしまったが、2打席目では直球やスライダーに6球もファウルを打って粘った。何とかくらいつくも、最後は緩いカーブでタイミングを外され、空振り三振。川崎の頭の中にないボールを選んで投げてきた田中の勝利だったが、必死にくらいついたからこそ、田中もあらゆるボールで打ち取ろうと考えたのだろう。川崎の意地が垣間見えた。

川崎はキャラクターを前面に出して奮闘を続けている

 さらに川崎は最後に見せ場を作った。昇格したばかりの男は結果を出さないといけない。2点ビハインドの9回2アウト。相手のマウンドにはクローザーのロバートソンが上がっていた。川崎が倒れれば、そこで試合が終わる。そんな状況で、川崎はレフトへ三塁打を放ったのだった。

「最後、盛り上がっていたので、KY(空気が読めない)なことをしようと思いました。俺が塁に出てこの盛り上がりをおさめてやろう。やってやると思っていた」

 打球はレフトのガードナーの前で落ち、それを相手が後逸する間に、走るスピードを緩めずに三塁まで到達した。

 試合には敗れ、田中に11勝目が刻まれた試合となったが、川崎は対戦を楽しんだ。その際、打席での様子をこう振り返っている。

「日本語が通じるんで『行くぞ!マー君』と言ったら(田中も)『よっしゃ』と言っていた。僕も気合が入って、言ったんですけど、三振2つもして悔しいです。ビール飲んで焼酎飲んで、スカッと寝て、また明日です」

 ブルージェイズは強力打線でヤンキースや昨季王者のレッドソックスよりも上をいき、地区首位に立っている。その後も川崎はコメントにあるような明るいキャラクターを前面に出して、スタメン出場し、奮闘を続けている。もちろん、明るさや性格だけで野球ができるわけではない。だが、選手には役割がある。スター選手がそろうブルージェイズの成績が落ち込んだ時に、川崎の明るさがチームを救うことも十分にあり得る。
 
 メジャーリーグではグラウンド外での雰囲気作りひとつで成績が変わる。同地区ではヤンキースのイチロー、黒田、田中、さらにはレッドソックスの上原、田澤が頂点を目指し、しのぎを削っている。その中で、もしかしたら、プレーオフで躍動しているア・リーグ東地区の日本人選手は川崎か――。そんな期待を抱いて、リーグの戦況を見守るのも面白いかもしれない。