『SFマガジン700【海外篇】 (ハヤカワ文庫SF)』アーサー・C・クラーク,ロバート・シェクリイ,ジョージ・R・R・マーティン,ラリイ・ニーヴン,ブルース・スターリング,ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア,イアン・マクドナルド,グレッグ・イーガン,アーシュラ・K・ル・グィン,コニー・ウィリス,パオロ・バチガルピ,テッド・チャン 早川書房

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 今週は2冊対で取りあげたい。長らく日本SF界を牽引してきた専門誌〈SFマガジン〉が先ごろ700号を達成し、同誌自体も来しかたを振りかえる特集を組んだ。この『SFマガジン700』はそれと連動したアンソロジーである。〈SFマガジン〉にこれまで発表された作品のなかから選りすぐり、【海外篇】は12篇、【国内篇】は13篇をまとめている。

 装幀からしてカッコ良く、配色の対照は本棚に並べて映えるナイス・ペア! 編者の名にちなみ「黒いマコト」「白いノゾミ」と呼ぼう。

 さて、この2冊の記念アンソロジーは、いわゆる傑作集ではない。音楽アルバムに喩えれば、ベスト盤というよりレア・トラックス。と言っても、落ち穂拾いではなく、「おお、こんな作品が埋もれていたのか!」と嬉しくなるチョイスだ。ディープなファンほど価値がわかる。

 通常のベスト・アンソロジーならば、海外(英米)SFでは『20世紀SF』全6巻(中村融・山岸真編、河出文庫)、『80年代SF傑作選』全2巻(小川隆・山岸真編、ハヤカワ文庫SF)、『90年代SF傑作選』全2巻(山岸真編、ハヤカワ文庫)などがあり、国内SFでは『SFベスト集成』全6巻(筒井康隆編、徳間書店[1冊だけちくま文庫で再刊])、『ゼロ年代日本SFベスト集成』全2巻(大森望編、創元SF文庫)、『日本SF短篇50』全5巻(日本SF作家クラブ編、ハヤカワ文庫JA )、『日本SF全集』現在3巻まで刊行(日下三蔵編、出版芸術社)などがある。SF入門編、もしくは短篇SFを概観するうえでは、このあたりが最適だろう。

『SFマガジン700』は、以上にあげたアンソロジー収録作とはまったく重ならない。それどころか、【海外篇】は「日本で出版されている著者短篇集に未収録の作品」なる条件を自らに課している。【国内篇】のほうはさすがにそこまでではないが、やはり珍しい作品(文庫版未収録の筒井康隆の実験作品「上下左右」など)に軸足を置いている。レア・トラックスと言ったのはそういうことだ。

 2冊とも作品発表年代順の目次で、巻末に行くにしたがって新しくなる。概して最近の作品のほうがレベルが高い。そのままベスト・アンソロジーに入ってもおかしくない傑作が多い。著者短篇集は当然のことながら収録作品の数が揃わなければ成りたたず、そういう事情で宙ぶらりんになっている作品もある。

【国内篇】で言えば、桜坂洋「さいたまチェーンソー少女」(タイトルが示すとおりセカイ系をさらに脱格した無茶きわまる傑作)は〈SFマガジン〉既発表の続篇に書き下ろしを加え近々書籍化とのことだが、秋山瑞人「海原の用心棒」(鯨と潜水艦がタッグで闘う海洋冒険SF)や、神林長平「幽かな効能、機能・効果・検出」(考古意識工学者と意識生命医学者のコンビが宇宙の謎に挑む)は、同傾向の作品が揃わない(つまり新作が書かれていない)ため、こんかいの『SFマガジン700』を逃すと書籍でいつ読めるかわからない。とくに神林作品は連作形式で相互照応しテーマを深化させていくので、早く一冊にしてほしいところだ。

 一方、【海外篇】は、テッド・チャン「息吹」(「宇宙の熱死」をエレガントかつコンパクトにモデル化し静かな叙情性すら湛えている)が飛び抜けた傑作だが、寡作で知られる作者だけに短篇集収録がいつになるかはわからない。これもこの機会に読んでおいたほうがいい。パオロ・バチガルピ「小さき供物」(環境汚染による異様な妊娠対策が講じられた近未来の物語)も、またしかり。ブルース・スターリング「江戸の花」(文明開化期[おそらく別な時間線]の銀座界隈を舞台にした科学怪談)は、サイバーパンク教主の意外な一面がうかがえる(しかしストリートの科学技術を扱っている点は共通する)異色作だが、この作家の短篇集がつぎに日本で出版されるのはいつだろう。

 このアンソロジーで特筆すべきは、作品の選択やバランスばかりではない。ネタの良さに加えて、さりげなくひと手間かけている。そこが名アンソロジストの心意気であり、匠の技である。

【国内篇】では、小説作品に限らずマンガを三篇(手塚治虫「緑の果て」、松本零士「セクサロイド in THE DINOSAUR ZONE」、吾妻ひでお「時間旅行はあなたの健康を損なうおそれがあります」)、さらには伊藤典夫の海外SF情報コラム「インサイド・SFワールド この愛すべきSF作家たち(下)」を採っている。マンガやエッセイを含めるのはジュディス・メリルや筒井康隆の前例があるけれど、「この愛すべきSF作家たち(下)」を選ぶあたり、さすが大森望。あなどれない。「この愛すべきSF作家たち(上)」が〈SFマガジン〉700号記念号に再録されており、ちゃっかりしっかり連動しているのだ。(上)(下)とは言え、内容的にはそれぞれ完結しているので、独立して読んでまったく問題はない。ただ、併せるとニューウェイヴ運動当時の状況がありありと伝わってきて、オールドファンは血が騒ぐし、若いファンは「そんなことが!」と驚くだろう。

【海外篇】では、〈SFマガジン〉創刊号に掲載されたロバート・シェクリイ「危険の報酬」を発掘している。この有名作が日本版の著者短篇集(かなり数がある)に未収録だったというのも驚きだが、このアンソロジーのために新しい訳を起こした(中村融訳)ところが、さすが山岸真。只者ではない。マスメディアの暴走・堕落を諧謔味たっぷり描いた作品だけに、現在進行形の言葉センスが必要という判断だ。

 というわけで、編者ふたりの炯眼にあらためて舌を巻いた。やるなあ。

(牧眞司)