旅猫リポート

写真拡大

歳とともに涙もろくなった、高校野球の試合開始サイレンを聞いただけで涙腺が緩んでしまって……と話す人がいた。涙を流すのはストレス解消になるという研究がある。ちょっとしたことで涙のスイッチが入る現象は、泣く機会を失った大人の体の防御反応かも知れない。

J−CASTニュースの新書籍サイト「BOOKウォッチ」http://www.j-cast.com/mono/bookwatch/でも特集記事を公開中。

言葉が通じなくても、分かり合える

『旅猫リポート』

猫が語る傑作と言えば、夏目漱石の『吾輩は猫である』だが、ここのところ話題を集めているのが文藝春秋から出版された『旅猫リポート』(著・有川浩、絵・村上勉、1512円)だ。ある事情で別れなければならなくなった猫と青年が、新しい飼い主を探す旅に出る。旅の後半から、別れの理由が徐々に明らかになるのだが、レビューサイトやブログでは、「何度読んでも号泣してしまう」「(涙をこらえきれないので)電車内で読むのは厳禁」と評判になっている。特に動物を飼った経験のある人は、言葉は通じないのに心が寄り添う感覚を思い出して、胸が締め付けられるのだろう。雑誌『週刊文春』の連載を書籍化したもの。村上勉による挿絵が印象的だ。ちなみに、同じストーリーを子ども向けにした『絵本「旅猫リポート」』もある。

切腹まで残された日々 武士のプライドが試される

『蜩ノ記』

他者のために自己犠牲に徹する。その姿に、人は不思議と心を打たれてしまう。祥伝社の『蜩ノ記』(著・葉室麟、1728円)は、江戸時代、九州大分のとある藩を舞台にした物語だ。3年後には切腹する運命にある男・戸田秋谷は、藩の歴史を編さんするという命令に従いながら、淡々と過ごしていた。監視役として派遣された檀野庄三郎は、秋谷の清廉な人柄に触れるうち、罪を犯したとされる7年前の事件に疑問を持つようになり、その真相に迫る。10年後の切腹という設定が巧みである。人生全体からすれば短いが、死だけと向き合うには緩慢に流れていく時間。主人公の心の揺らぎを想像すると感慨深い。死を恐れず、家族や農民を思う、武士の矜持が細やかに描かれている。直木賞受賞作。10月には、役所広司と岡田准一をメインキャストに据えた同名映画が公開予定だ。

妻の死が家族のきずなを取り戻す

『その時までサヨナラ』

これまでホラー小説を多く手がけてきた著者が、初の純愛作品に挑戦。結果、テレビでドラマ化されるほど話題となったのが、文芸社の『その時までサヨナラ』(著・山田悠介、648円)である。純愛と聞くと、せつない青春物語を想像するが、仲が冷え切った夫婦に、愛人が登場する、ほろ苦い大人の世界が舞台だ。仕事に没頭する主人公は、突然、別居中の妻子が事故に遭遇したという知らせを受け取った。母を亡くした4歳の息子。引き取ってもまったく自分に懐こうとしない。男手一つの子育てへ限界を感じ始めたころ、妻の親友だと名乗る1人の女性が現れる。壊れてしまった家族のきずなが、妻の死という完全な崩壊によって修復される。現実にはありえないファンタジックな展開が待ち受けているが、あきれるほど自分中心だった主人公の成長が見えてくる終盤には、ある種の爽快感も味わえる。