今週はこれを読め! ミステリー編

 表紙には、頭の禿げた老人がスーツケースを引いてとぼとぼと歩いていく絵が描かれている。

 ああ、これからは超高齢化社会がやってくるんだもんな。そういう時代の到来を告げる小説なのかな。

 そんなことを思ってちょっとしみじみとしながらページを開いた。ヨナス・ヨナソン『窓から逃げた100歳老人』(西村書店)だ。冒頭、ちょうどその日100歳になった主人公、アラン・カールソンが老人ホームの窓から逃げ出す場面が描かれる。彼はバスターミナルでうっかり者が置いていったスーツケースを失敬し、長距離バスに乗る。盗まれた男はカンカンだ。それもそのはず、彼は犯罪組織〈一獄一会〉のメンバーで、スーツケースの中には取り引きで得た5000万クローナ(1クローナは約15円)が入っていたのだから。

 バスを降りた場所で〈一獄一会〉の追っ手につかまったアランだったが、敵は老人がどれだけ用心しなければならない相手かを知らなかった。隙をついてギャングを巨大な冷蔵室に閉じ込めたアランであったが、うっかりして冷却ファンを停め忘れたものだから翌朝には綺麗な凍死体ができあがっていた。

 あれあれ、しみじみとは程遠い世界じゃないか、これ。

 冒頭の展開を読んで予想がすっかり裏切られたことを知った。なんかあっさりと人が死ぬし。主人公アランは1905年生まれである。作者は彼の逃亡劇と並行してその100年に及ぶ生涯を年代記風に綴っていく。

 家庭の事情で、わずか3年で正規の学業を終えてしまったアランだったが、ニトログリセリン社で働きながら他の人間には真似のできない技を習得した。ダイナマイトを自在に爆発させる能力だ。20歳のとき、彼は始めて単独で爆発試験に挑戦する。それは同時に、彼が爆弾で人を吹き飛ばした最初の体験にもなった。何かにつけてカールソン一家を食いものにしていたグスタフソンが、たまたま爆破現場に車を停めていたからだ。

 24歳のとき、アランは誰も住む者がいなくなっていた生家をダイナマイトで吹き飛ばし、すったもんだの果てにスペインへと向けて旅立つ。スペインではまさにそのころ、ナショナリスト派対人民戦線派の内戦が勃発していた。戦争に爆破の専門家はつきものだ。彼は好条件で人民戦線派に雇われる。ある日、目標の橋に爆薬を仕掛けたアランは、予想外の一群がそこを渡ろうとしているのに気づき、制止の声を上げた。必要以上に人を吹き飛ばすのを好まなかったからだ。すんでのところで間に合ったが、彼が命を救ったのは敵軍だった。しかも、中にはフランシスコ・フランコその人が。大将軍から気に入られたアランは、今度はフランコ軍で働くことになる。

 すべてこの調子で、20世紀に世界を騒がせた戦争のあらゆる場所に彼がいたことが明かされていく。驚いたことに彼は、1945年にロスアラモスの国立研究所にもいたのだ。ロバート・オッペンハイマーが第二次世界大戦を終わらせるために秘密兵器の研究をしていた場所である。そこで爆破の専門家が何をしでかしたかは、読んでのお楽しみ。

 一種の歴史改変小説として、著名人がごろごろ出てくる。しかも彼という結節点を中心に、ハリー・トルーマンが、ヨシフ・スターリンが、そして毛沢東が、意外極まりない形でつながっていくのである。なんの教養もない、ただ爆破が得意であるというだけの男を中心に世界が動いていく。ローレンス・ブロック『快盗タナーは眠らない』とウディ・アレン監督作品「カメレオンマン」を足して割らずに爆発させたような作品と言っておこう。

 逃亡劇のほうもおもしろく、カール・ハイアセンの奇人小説の味に近い。そこにちょっとシャーロット・アームストロングの某長篇のエッセンスが混じるのだ。乾いた笑いを好む人は必読である(訳者は柳瀬尚紀。編集者もわかってらっしゃる)。2009年にスウェーデンで刊行されて以来、本国で100万部、全世界で800万部を売った大ベストセラーであり、本年11月には映画化作品が日本でも公開予定だという。小林旭「ダイナマイトが150屯」を聴きながら読みましょう。

(杉江松恋)



『窓から逃げた100歳老人』
 著者:ヨナス・ヨナソン
 出版社:西村書店
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