創薬の成否を分けるのは、「正反対の才能」を兼ね備えているかどうか

写真拡大

■薬剤開発の成功確率は3万分の1

我々が手がける新薬候補となる化合物の臨床試験は、成功確率が2分の1のところまで来ています。2008年に臨床試験をはじめたので6年目になります。

一般的に薬剤ひとつが上市されるまでに平均12年かかると言われています。化合物を見つけた段階から新薬の開発に成功する確率は3万分の1。それが2分の1にまで到達したということは、非常に大きな進捗と言えます。この段階に入った会社であればリスクレベルも下がったと判断いただき、今年の2月に東証マザーズに上場することができました。

臨床試験には第一相試験(フェーズ1)、第二相試験(フェーズ2)、第三相試験(フェーズ3)という段階があります。最初のフェーズ1では一般的に健康な若年男性に少ない量を飲んでもらって安全性に問題がないかなどを調べます。フェーズ2では病気の人に飲んでもらって安全性は大丈夫か、薬が想定する薬理作用を示しているかを調べます。最終段階のフェーズ3は大規模の患者数で安全性や薬理作用を確認する。アキュセラのエミクススタト塩酸塩という化合物は、臨床フェーズ2b/3に入っており、欧米で508名の被験者に対して大規模臨床試験を行っています。この臨床試験がうまくいくということだけを願っています。

一般的な話を続けましょう。薬剤というのはリスクベネフィットにもバランスがあり、どんなに安全と言われている薬でも何百錠も飲めば副作用の恐れがあるわけです。この量であれば飲んでも大丈夫だけど、これだけ飲むと危ないという指標を安全域といい、その安全域が広ければ広いほど安全性が高いと言われます。

わかりやすい例を挙げると、抗がん剤というのはそうとう副作用が強くても有益な効果があれば認可されるし、逆に高血圧などの薬は、副作用が強く出るようだと認可されません。このように薬剤にはいろいろな判断基準が存在するのです。安全性と薬効にどんなバランスがあるのかは大規模試験を通じて明らかになっていきます。そのバランス如何で最後に薬になるかが決まります。どんなに素晴らしい薬理作用があってもフェーズ3が半分の確率でうまくいかない理由はこういった事情があるからです。

■「飲みにくい」だけで、臨床試験は失敗する

これは、我々の開発に対しても同じことが言えます。自分たちの新薬候補だから成功するに違いないと信じていますが、保障はありません。FDAが認可するまでは海のものとも山のものともわからないのです。ただ、我々が臨床開発している新薬候補の化合物はアンメットメディカルニーズに応えるものであり、 FDAにより優先開発品目としてファストトラックに認定されています。我々は最大限の努力をして臨床開発を続けるのみなのです。

我々に求められるのは、一つひとつきっちりと、やるべきことをやっていくこと。オペレーショナルエクセレンスをどうやって保つか、Quality AssuranceとQuality Controlをいかに徹底していくかが重要です。我々は欧米の病院と連携して臨床試験を行っており、医療施設に絶えず我々のスタッフがコミュニケーションをとっています。カルテに書き損じがないか、データはきちっとエントリーされているか、検査漏れはないか、患者さんが予定通りに通院しているか、患者さんが薬を飲んでくれているか、不具合は生じていないかどうかなどを毎日モニターしてやっていきます。

例えば、高齢者向けの飲むタイプの新薬を開発する場合、錠剤が大きすぎたりすると高齢者の方は飲み込むのが困難になることがあります。この困難を取り除くために、小さいけれどつかみやすい錠剤のデザインにするなどの対策を講じることも必要になります。パッケージのアルミ箔が硬すぎて力の弱い高齢者には錠剤を押し出しにくいという点が問題になることもあります。これらのちょっとした理由で患者が服用をやめてしまうことがあり、臨床試験が失敗に終わってしまうからです。

このように、薬剤の効果、毒性や認容性以外にも、例を挙げればきりがないほど開発に失敗してしまう落とし穴はいくらでもあります。細かいことを絶えず改善していくことが服薬率の向上につながる。わずかなことを見落とさず、日々改良していくプロセスがいかに重要であるか、おわかりいただけるのではないでしょうか 。

■人材の流動性が会社の新陳代謝を促す

製品開発の過程は、リサーチとデベロップメント(R&D)のステージに分かれます。リサーチでは高いクリエイティビティが求められ、リサーチで出てきたものを商品化するための開発過程であるデベロップメントには、高いオペレーショナルエクセレンスが必要とされます。

新薬開発の場合は、 化合物探索の段階では存在しないものを創り出せるクリエイティビティが、 臨床試験に入る段階では決められたことを定められたルールに基づいてきっちりと行えるオペレーショナルエクセレンスが求められるようになります。化合物を大量生産しても品質は維持できるのか、多くの患者さんに確実に届けることができるのか、医師はきちっと臨床試験のプロトコールを遵守しているのかなどを管理していくチームには、きっちりと繰り返し当たり前のことを当たり前に遂行できる能力が求められます。これは容易なようで容易ではありません。

アキュセラも、臨床開発に入った段階で、そういう人材を増やしていきました。それに伴い少しずつ会社のカルチャーを変えていく必要もあったので、研究施設と開発施設にキャンパスを分け、ボセル研究所ではクリエイティブを重視した環境を維持し、開発を担うシアトルオフィスではオペレーショナルエクセレンスを重視した環境を整えました。

企業文化を企業の成長段階に応じて変化させると、徐々にではありますが必然的に人も入れ替わるものです。米国の労働環境は人材の流動性が高いので、必要な時に必要な人材を採用することができる。経営の柔軟性は高い。余剰人員が許されず必要最低限の人材しか抱えられないベンチャー企業にとっては有り難い環境です。次々に入れ替わる人材を束ねていく苦労は大きくても、人材の流動性が高いことは米国で起業した利点だと実感しています。

----------

窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ会長・社長兼CEOで、医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。著書として『極めるひとほどあきっぽい』がある。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp

----------

(アキュセラCEO 窪田 良=文)