(C)2013「私の男」製作委員会

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作家、桜庭一樹が2007年に発表、第138回直木賞を受賞したベストセラー小説『私の男』が、浅野忠信と二階堂ふみを主演に映画化され、彼らの演技に称賛の声が集まっている。さっそくストーリーからご紹介しよう。

■ストーリー

奥尻島を襲った大地震による津波で家族を失った10歳の花(山田 望叶)は、遠い親戚と名乗る男・腐野淳悟(浅野忠信)に引き取られることになった。たった1人生き残ってしまった花と、家族の愛を知らないまま、白銀の冷たく閉ざされた町で独り生きてきた淳悟は寄り添うように暮らし始める。花(二階堂ふみ)が高校生になったころ、二人を見守ってきた地元の名士で遠縁でもある大塩(藤竜也)は、二人のただならぬ関係を察知し、ある行動に出るが……。

描かれるのは、禁断の愛。だが……


すでに小説を読んでいる方ならご存じだと思うが、本作は父と娘の禁断の愛をテーマにした作品だ。と、書くと何だかスキャンダラスで、軽い感じがしてしまうのだが、とんでもない。ラストには何か崇高な高みにまで連れていかれて、愛とモラルの境目すらも完全にわからなくなってしまう。映画館に入る前まで生きていた現実が色あせてしまって、スクリーンで起こった出来事の方が色鮮やかで生々しい、そんな感覚に陥る、そう”陥ってしまう”という表現がふさわしい衝撃作なのである。

圧巻の演技!の二階堂ふみ、彼女を受け止める浅野忠信


父と娘の愛と聞いて、もしかしたら女性は「ちょっと……」と難色を示される方がいるかもしれない。だが、著者としては、それでもとにかく見てほしいと思う。

まずは、ヒロインの二階堂ふみが素晴らしいのだ。極寒の北海道、世間と隔絶された場所で、花にとって淳悟だけが人として、そして男として必要な人間になっていく。彼女が少女からオンナ、子供からオトナへと変化していく中にインモラルさとイノセントさが交じり合い、圧倒的な存在感を放ちラストまで目が離せない。

そして、父親役は浅野忠信だ。もしも私のお父さんが浅野さんだったら……結婚適齢期が過ぎても「お父さんみたいな人と結婚する!」と言い続け、結果誰とも結婚できない悲劇に見舞われそうだ……と思わず妄想してしまう。原作には、淳悟について「ひょろりと痩せて背が高く、手足は長い。無職で着ているものも安物で髪は伸ばしっぱなしで肌もかさかさなのに、姿勢はよく仕草も優雅」とある。まさに浅野忠信が演じた淳悟の存在感は、不思議な優雅さと色気があり、花を受け止め、そしてそれ以上求めてしまう、男の葛藤と悲哀がにじみ出ている。

2人はそれぞれの役を運命的な出会いと感じ、渾身の演技を披露。その表現力にメディアや著名人らから絶賛のコメントが寄せられている。

『夏の終り』の熊切和嘉監督の新たなる挑戦


本作を手がけたのは『アンテナ』『莫逆家族 バクギャクファミーリア』、『海炭市叙景』など、その意欲的な作風で国内外から高い評価を受け続けている熊切和嘉監督だ。前作『夏の終り』では、これまで手がけることのなかった恋愛映画に挑戦。瀬戸内寂聴の原作を綾野剛と満島ひかり、小林薫のトライアングルでセンセーショナルな愛を描き、新境地を開いた。

熊切監督は、原作を読んで「自分が撮るべき作品」と感じたという。

映画化不可能と言われていた原因である流氷のシーンも、奇跡的に撮影が可能となり、キャスト・スタッフが命がけで挑み、映画史に残る名シーンとなった。監督の出身地でもある北海道の風景は、本作の世界観に圧倒的な説得力をもって迫ってくる。

■さいごに

こんなことを書くのは、本当に申し訳ないのだが、映画『私の男』は実生活には何の役にも立たないであろう。なぜなら、登場人物の生き方を見習おうとか、ファッションをチェック!とか、明日へのパワーをもらえます!などといったものが何もないからだ。だが、本作を映画館で体験しないのはなんだか人生においてもったいない、著者はそんな気さえした。私たちが知っている愛とは別の、禁断もしくはタブーと言われているその世界に何があるのか、足を踏み入れてみることで、ひょっとしたら明日から何かが変わる人もいるかもしれない。
本作は見た人の日々の生活というよりも、その人の人生を大きく揺るがしてしまいそうな、そんな力を持ったという意味で、”問題作”であり衝撃作である。
(mic)

『私の男』は現在公開中