本田圭佑 (撮影/岸本勉・PICSPORT)

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16日深夜放送の「噺家が闇夜にコソコソ」では、本田圭佑の大叔父・本田大三郎氏が登場した。

番組では、「落語家が関係者に聞いた話題のニュースの裏側」として、落語家・林家彦いち師匠が本田圭佑が書き続けるいわゆる「本田ノート」のルーツを取材。ノートが本田の大叔父である本田大三郎氏の発案であることや、本田が少年時代のエピソードを語った。

本田大三郎氏は現在79歳で、1964年の東京オリンピックにハンドボール選手として出場する予定だったのだが、オリンピック前にハンドボールが種目として採用されないことがわかると、3年間でカヌーをマスターし、カヌー選手として出場してしまった人物だそうだ。

大三郎氏は本田選手が少年だった頃を振り返り、「あのチビはうちの息子と違って小さかったからなあ」と、本田選手を「チビ」と呼んでいたそうだ。ちなみに大三郎氏の息子とは、ロスオリンピック5位入賞を果たしたレスリング選手で、後にプロレスに転向する本田多聞選手のことだ。

番組では、大三郎氏の会話の独特な間合いも話題となった。彦いちが子供の頃の本田について尋ねると、大三郎氏は「後光がさして輝いていた」とつぶやいたという。しかし、「圭佑さんはその頃から後光がさしていたんですか?」と尋ねると、「後光がさしてたのは私だ」と大きな声で返され、彦いちは驚いたそうだ。

また、自身もアスリートであった大三郎氏は、「ガラスの窓に自分が映るたびに、『俺は強い』と言いながら歩いた」「自分はコーチより上の立場で教えなくては駄目だ。だってコーチは金メダルとってない奴なんだよ。そいつの言うこと聞いても勝てるわけねえんだよ」とも発言するなど、豪快な人柄の一端を見せた。

さらに、本田には「牛乳を毎朝7本飲まなきゃダメだ」と教えており、本田はそれを実践していたそうだ。

また、本田圭佑選手が日記のように毎日書き続けているとされる彼の原点、「本田ノート」を、小学生の時に書くよう勧めたのも大三郎氏だという。

当時、まだ子供だった本田選手に大学ノートを与え、表紙に名前と練習日誌と書かせた。脈拍や睡眠時間、栄養摂取量などもすべて書かせたという。大便の色や形、大きさも全部書かなくてはダメだと念を押したという。

そして、目標をしっかり書くこと、さらに目標から逆算して残りの日にちを数えられるように使えと教えたそうだ。

本田ノートの存在が明らかになったのは、本田選手が星陵高校在学中の頃。当時のノートを開くと、自らの反省点もたくさん書いてあったという。その脇に4桁の数字があったそうだ。それをテレビで見た大三郎氏は、その数字が2014年W杯までの残りの日にちであり、それが本田選手の総決算になるとすぐに分かったという。

本田の2大会連続W杯出場は、大三郎氏に教えられた「目標から逆算して残りの日にちを数える」という教えを忠実に実践した結果なのかもしれない。

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