10日放送、「世界を騒がせた大事件ニュースの本人直撃SP」では、「ロシア国内で大バッシング 皇帝プルシェンコ真相告白」と題し、ソチ五輪ではフィギュアスケート団体戦で金メダルを獲得しながらも個人戦は腰の負傷により棄権したエフゲニー・プルシェンコの背景に迫った。

個人戦の棄権が計画的なものだったとしてロシア国内ではバッシングを受けていたというプルシェンコ。同番組はロシアの大衆紙「モスコフスキー・コムソモーレツ」のタチアナ・フェドトキナ記者を訪ねて話を訊いた。

「プルシェンコに対する批判の95%はヤナに向けられたものです」というタチアナ記者は、彼の妻ヤナ・ルドコフスカヤの名を挙げると、「大きな力を持つプロデューサーであり、男性と対等。あるいは打ち負かすことができるとても厳しい聡明な女性です。ロシア版鉄の女でしょうね」と紹介した。

26歳の時に前夫の経済力をバックにファッション業界へと進出したヤナは、女性経営者として幅を利かせるようになると、プルシェンコとの再婚後は夫をプロデュースするようになったという。ソチ五輪後、ロシア国内でアイスショーツアーを計画していたヤナは、団体戦で金メダルを獲得したプルシェンコが、個人戦で失敗し金メダルの価値が損なわれるリスクを考えたのではないか――というのが、バッシングの理由とされる。

だが、同番組がプルシェンコを訪ねると、「僕にとっては一番大事な金メダルだと思います。年齢的な部分に加えて僕は12回手術を受けていました」というプルシェンコは1年前に行った腰の手術について言及。「椎間板を人工のものに交換し、4.5cmのボルト4本で固定しました。毎日痛みはありました。痛み止めの薬を飲み続けました」という壮絶な日々を明かした。

妻については「厳しい人です。妻は手術後、リンクに立つ僕を甘やかさないようにしていました。妻はもっと練習しなきゃダメだと言いました。本当に練習が辛くて何度も引退しようと思いました。でも、そのたびに妻が泣くので。愛していますから涙を見るたび戦う力が湧き上がってきたんです」と語ったものの、ソチ五輪の棄権は「批判した人たちは私の体に起きた問題を知らず仮病だと思う人も沢山いました。トリプルアクセルを跳んで着地して転びそうになったとき、右足の感覚が一瞬にしてなくなりました」と答えた。

また、ロシアで起こったバッシングについてテレビ番組などで反論しているプルシェンコ夫婦は、ソチ五輪の8日後、緊急手術を行ったプルシェンコの生々しい様子を公開するに至っている。手術で明らかになったのは、4本のボルトのうち1本が体の中で折れていたという衝撃の事実だった。これにより、ロシア国内でのバッシングは収束したというプルシェンコ。「手術を見せた後、批判していた人たちは“批判なんかしていない”と言いました」と振り返った。